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邦楽/男性VO/ポップス

山下 達郎

FOR YOU
6作目
山下 達郎(やました たつろう、1953年2月4日 - )は、日本の男性シンガーソングライター・作曲家・編曲家・音楽プロデューサー。妻は竹内まりやで、彼女のプロデューサーでもある。

日本におけるアカペラ・ドゥーワップのオーソリティの一人。声によるハーモニーを重視しており、自分自身のヴォーカルを多重録音する“1人アカペラ”という手法を取っていることでも知られている。
レコーディングの際には、基本的にボーカル・バックコーラスはもちろん、編曲からギター、コンピューターの打ち込み、シンセサイザー、パーカッションまで全て1人で手掛けており、曲によっては全部1人で演奏していることもある(これは、竹内まりやの作品でも同様である)。
本人は、雑誌などで謙遜しているが、ギタープレイ、特に独特なタイム感の16ビートカッティングは、本職のギタリストからも認められている腕前である。
こうしたこだわりから、作品制作期間が数年単位になりがちな上、自作と交互に竹内の作品をプロデュースする関係から、各作品間のタイムスパンが非常に長い。
ミキシングコンソール等の制作環境の変化の際にこの傾向は顕著で、「それまでのアレンジの手法が全く通用しなくなる」、「近年大変苦しめられてきた」とのこと。
「本を出さない、アリーナ(日本武道館以上の規模の会場)で演らない、テレビに出ない」ことを公言している。
日本武道館のような大会場の音響効果に疑問を持っていることと、末席からオペラグラスで見るような状態になるのは観客に失礼、と公言していることによる。特に、大阪のフェスティバルホールには思い入れが強く、同ホールの建て替えについて強く反対していた。結局、2008年一杯を持って立て替えのため、一旦閉鎖する事になったが、2008年12月より始めたツアーにて、同ホールで12月だけで4回公演を決行した。
1970年代後半から、他のアーティストへの曲の提供を始める。KinKi Kidsのデビューシングル『硝子の少年』などヒット曲を出している。また、シュガー・ベイブ時代のプロデューサーであった大瀧詠一のナイアガラ・レーベル初期の作品に、コーラスアレンジ及びストリングスアレンジで参加しており、特に『NIAGARA CALENDAR '78』で深く関わっている。
シュガー・ベイブ時代のプロデューサーで、今も交流が続いている大滝詠一同様、ポップスマニアであり、インディーレーベルで出されたり、メジャーレーベルから出されていても大してヒットしなかったマイナーな歌にも造詣が深く、未だにCD化していない曲は、レコード屋を探し回ってオリジナルのレコード盤を買っている。

1968年、東京都立竹早高等学校に入学。高校時代は、吹奏楽部で打楽器を担当していた。このため、自分の楽曲でもドラムスを叩いていることがある。後に松井証券社長となる松井道夫と交友を持つ。

1972年、明治大学法学部入学。高校時代から天文学の道を目差すも挫折、1浪後に音楽著作権を学ぶために法学部へ進んだが、授業にはほとんど出席せず、3カ月で中退。何が何でも音楽で生きていくと決める。

1973年、大貫妙子・村松邦男らと共にシュガー・ベイブを結成。当時の邦楽としては斬新なポップス・サウンドを作り上げていた。しかし、当時は世間一般ではフォークの人気が、またライブスポット界隈ではハードロックの人気が、それぞれ強かった。そのため、広範囲のポピュラリティを獲得できず、さらにエレックレコードの倒産もあって、シングルとアルバムを1枚ずつリリースしただけで解散した。なおこの頃、達郎と大貫妙子は荒井由実のレコーディングにバックコーラスとして参加している。

1976年、アルバム『CIRCUS TOWN』でソロデビュー。RCAレコードからニューヨーク・ロサンゼルスでレコーディングしている。
1980年、アルバム『RIDE ON TIME』が大ヒット。本アルバムに収録されている同名曲をキャンペーンソングに使った「maxell」のクレジット及び「いい音しか残れない」のコピー、また、本人も映っている「カバー」を本来のジャケットに被せて販売していた時期がある。
1982年、竹内まりやと結婚。オリジナルアルバム『FOR YOU』を発表。アルバム収録曲「SPARKLE」がサントリービールのCMに起用され、また、当時流行のイラストレーターであった鈴木英人がジャケットを担当したり、ロック評論家の渋谷陽一が自身の雑誌やラジオで褒めるなどの効果もあって、このアルバムは彼の代表作となった。同年、RCAとの契約を解消し、ディレクターの小杉理宇造が立ち上げたアルファ・ムーンへ移籍。
1986年、「クリスマス・イブ」が、ミリオンセラーを記録し大ヒット。アルバム『MELODIES』(1983年)収録。シングルカットされる。
1991年、オリジナルアルバム『ARTISAN』を発表。第33回日本レコード大賞のアルバム大賞(ポップス・ロック部門)を受賞。受賞の際、ソロデビュー以降唯一、本人が歌っている姿がテレビ放映された。
1995年、ベストアルバム『TREASURES』がミリオンセラーとなる。
1998年、オリジナルアルバム『COZY』を発表。
2002年2月25日付のオリコンアルバムチャートで山下達郎の再発アルバム7枚が全てトップ30にランクインし、カタログチャート(発売から2年を経過したアルバムが対象のチャート)では2位〜8位を独占した。
2005年、7年ぶりに、オリジナル・アルバム『SONORITE』を発表。
2007年4月6日、 妻・竹内まりやと銀婚式を迎える。以後も、コンスタントに活動を続け、数々の名曲を発表。さらには、竹内まりやのアレンジャー・プロデューサー・ソングライターとしても活躍を続けている。
2008年、6年ぶりのコンサートツアーを決行。このツアー『Performance 2008-2009』では、2008年12月末で建て替えのため閉鎖される大阪フェスティバルホールにおいて、ポップス歌手では最後のライブを行った(ホール最終公演は、大阪フィルハーモニー交響楽団による「第9シンフォニーの夕べ」)。

FOR YOUは1982年1月21日に発売された。
大滝詠一の『A LONG VACATION』と並びサマーアルバムの傑作として、また山下達郎ソロアルバムの中でも特に評価の高い一作である。
その後山下は当時設立されたばかりの“MOON RECORDS”に移籍するため、これがRCA/AIRレーベルでの最後のオリジナル・アルバムとなった。
アルバム・カヴァーは、当時山下の愛読書だった『年鑑日本のイラストレーション』中で一番好きだったイラストレーター、鈴木英人に直接交渉して描いてもらったものだった。山下はこの2年前から彼に興味を持っていて、いつか描いてもらおうと思っていたという。当時、アルバム・ジャケットのオファーがまだどこからも来ていなかったというのが、山下自身とてもラッキーだったという。(Wikipediaより引用)


とにかく「SPARKLE」「MORNING GLORY」「FUTARI」「LOVELAND,ISLAND」「YOUR EYES」他、最後までテンションの落ちない素晴らしいアルバムです。
発売当時より、今改めて聴きなおした衝撃の方が強いかもしれない。30年近くも前にこの発想で、このような高音質、高品質なアルバムが存在していた事自体驚きです。
後追いで聴く方にはぜひ、ベスト盤ではなく、アルバム全体をこの曲順で通して聴いていただきたいですね。中音域を中心にした音のバランスの良さも、時代の古さを感じさせない要因でしょう。
interludeと題したアカペラを曲と曲の間にはさんだ流れるような曲順、LP盤発売時のA面トップの「SPARKLE」〜ラストでハイライトの「FUTARI」、B面トップ「LOVELAND,ISLAND」〜ラストの「YOUR EYES」で締めるアルバム構成の素晴らしさ。(楽曲の素晴らしさはもちろん!)凝りに凝ったアレンジ、自分のオリジナリティをとことん追求した音世界は「音楽マニア」「音楽オタク」の彼ならでは。
本作は彼の代表作であり、JPOP史に残る名作であることはもちろん、JPOP史のサウンド・メイクにおいてエポック・メイキングな作品と言っても過言ではないかもしれない。
ちなみに「SPARKLE」の印象的なイントロのギター・カッティング奏法は、達郎自身のものです。
邦楽/男性VO/ポップス

山下 達郎

MELODIES
7作目
MELODIESは1983年6月8日に発売された。
MOON RECORDS移籍後初のアルバムで、山下達郎作品で夏と冬が完全に入っている数少ない作品。
後に知られることとなる「クリスマス・イブ」を収録したアルバムとしても有名になる。
このアルバムが出てすぐにシングル「スプリンクラー」がリリースされている。このアルバムは夏に発売されたアルバムのため、当時は、発売する季節に違う季節の曲を収録することは珍しく、アルバムにクリスマスソング(クリスマス・イブ)が収録されていることに「夏に発売のアルバムに、どうしてクリスマスソングが収録されているのか?」と、雑誌のインタビュアーより散々聞かれたそうである。その質問をされて、当の本人は「なぜそう思うのか?」と感じていたそうである。

当時小学生だった私はこの年、マイケル・ジャクソンの”スリラー”とコレばっかり聴いてました。
特に「クリスマス・イブ」(当時全く知られていませんでしたが)はお気に入りでしたが、目上の人からは、こういう単純な曲は小学生にちょうどいいとバカにされたりしたものでした。
さて、今作はムーンレーベル移籍第1弾アルバム。吉田美奈子と離れて、作詞もほとんど自身で行うようになり、まさに達郎色一色といった感じ。 有名曲「悲しみのJODY」「高気圧ガール」「クリスマス・イブ」の他にも、タイトなリズムがカッコイイ「メリー・ゴー・ラウンド」、派手さはないのですが、優しく美しいメロディ・ラインの「ひととき」、しっとりしたバラード「夜翔(Night-Fly)」等、楽曲は粒揃い。完璧主義者の彼らしい隙のない作りになっております。なんといっても、大ヒットした”FOR YOU”の続編じゃないトコがイイですね。あえて二匹目のどじょうはすくいに行かなかったというコトですか。
邦楽/男性VO/ポップス

山下 達郎

僕の中の少年
9作目
僕の中の少年は1988年10月19日に発売された。
Moon Recordsから発売された最後のスタジオ・アルバム。
山下は本作の制作と同時期に鈴木雅之のアルバム『Radio Days』のプロデュースを行い、「Guilty」などの楽曲を提供している。「For you」などより知名度は低いアルバムであるがファンからの人気は高いアルバムで、ファンクラブで好きなアルバムのアンケートを取った際に、好きなアルバムの第1位となった。(Wikipediaより引用)

以前のようなフアンキーさや艶っぽさがなくなって、爽やかというか、ちょっとあっさりした印象ですね。でも内容は相変わらず濃いです。
レコード盤でのA面1〜5曲目「新(ネオ)・東京ラプソディー」「ゲット・バック・イン・ラヴ」「踊ろよ,フィッシュ」「ルミネッセンス」等は明るめの曲調が目立ち、、B面6曲目〜9曲目「ルミネッセンス」「マーマレイド・グッドバイ」「蒼氓(そうぼう)」「僕の中の少年」ではじっくり聴かすような二部構成の配列になっており、全曲手抜き感が感じられない、完璧主義者の彼らしい隙のない出来。
特にB面「ルミネッセンス」「マーマレイド・グッドバイ」「蒼氓(そうぼう)」「僕の中の少年」の流れは、曲の配列・構成共々完璧な出来だと思います(個人的には「マーマレイド・グッドバイ」が一番のお気に入り)。
ちなみに「蒼氓(そうぼう)」のバックコーラスは竹内まりや、サザンの桑田佳祐、原由子というゴージャスな顔ぶれになっております。
邦楽/男性VO/ポップス

山下 達郎

ARTISAN
10作目
ARTISANは1991年6月18日に発売された。
1988年発表の『僕の中の少年』に続くオリジナルアルバム。アルバムタイトルは『職人』という意味で、「音の職人」山下達郎を象徴するタイトルである。山下のアルバムとしては初めて、アナログ盤の発売がなかった。また、アルバムリリース後にシングルカットされる楽曲が多かった。
ジャケットの絵はアンドレ・ミリポルスキーによるもの。
このアルバムで、第33回日本レコード大賞のアルバム大賞(ポップス・ロック部門)を受賞。受賞の喜びを、電話より生でコメントした。また本人が「実験的には作っている」という「さよなら夏の日」のVTRを披露。本人のソロデビュー以降、初めてテレビで本人の歌う姿や顔が(現在まで唯一)披露された。(尚、本人が歌っているとハッキリ判る映像は、この時以外は放映されていない。)(Wikipediaより引用)

ここまでくると、安心して聴いていられる妙な安心感があります。安定感があり過ぎて、私は今作を最後に達郎を聴かなくなりますが・・・。
とりあえず、いきなりオープニングナンバーの「アトムの子」からインパクト抜群ですね。「さよなら夏の日」「ターナーの汽罐車-Turner’s Steamroller-」「飛遊人-Human-」「Splendor」「Endless Game」「Groovin’」他、このアルバムは個々の曲の個性が強く、バリエーションも豊かなので、従来の彼の作品にあった、アルバムトータルで一つの作品として聴かすという感じが薄く感じられます。個人的には「Splendor」が一番のお気に入りですが、相変わらず音質も、中音域を中心にバランスよくまとまっていますね。

これらの音源は、「八百屋さんの居酒屋やすい」で視聴できます。
http://www.kuromon-yasui.jp/izakaya.htm
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http://www.kuromon-yasui.jp/ordeo.htm