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矢井田瞳
daiya-monde
矢井田 瞳(やいだ ひとみ、1978年7月28日 - )は、大阪府豊中市出身のシンガーソングライター。青空レコード所属。

豊中市立第九中学校、大阪府立箕面高等学校国際教養科、関西大学文学部卒業。専攻はフランス語およびフランス文学。

趣味はスポーツ全般(特に水泳)。愛称「ヤイコ」。血液型A型。

概要

人気ミュージシャンとなった現在でも生まれ故郷である大阪・千里に在住の女性シンガーソングライター。愛称である「ヤイコ」は、彼女の子供の頃からのあだ名であった。

ギターの弾き語りを行うプロのミュージシャンとしては珍しく、ギターを始めたのは大学生になってからである。ギターを弾こうと思ったのは、大学入学後、漠然と音楽をやろうかなと思っていた時に校舎の裏でギターを弾いている男性を見て「カッコイイ!」と思ったためで、当時は特にプロを目指していたわけでは無かったが、これをきっかけに熱心にギターの練習に取り組むようになったという。そして、初めてギターを購入してからわずか2年後にプロデビューを果たした。

19歳でギターを始め、シンガーに憧れ、ザ・デビューにも挑戦。1999年6月「nothing,」をバンダイ・ミュージックエンタテインメントよりSEESEE名義でリリース、2000年5月に関西限定シングル「Howling」を青空レコードよりインディーズでリリース。同年7月シングル「B'coz I Love You」を東芝EMIよりリリースしメジャーデビュー。同年10月に発表したシングル「my sweet darlin'」が全国的に大ヒットし、サビのフレーズが大流行する。

言葉遊びや回文、アナグラムが好きでアルバム『daiya-monde』はdaiya→ヤイダの逆読み+monde→フランス語で「世界」の意味=矢井田の世界や『i/flancy』→I can fly、『Air/Cook/Sky』→Yaiko rocksのようにタイトルとは別に意味を持たせたものがある。

ギターを弾きながら歌うことを多く見受けられるが、ピアノを演奏することもでき、ライブツアーではピアノ弾き語りを披露することがある。また、アルバムやシングルで様々な楽器にチャレンジしている。

飾らない素直な気持ちを歌った楽曲は多くのファンの心を捉え、2000年10月のファーストアルバムは見事にオリコンチャート1位を獲得し、ミリオンセールスを記録。デビューから1年後の2001年には大阪ドーム(現名称:京セラドーム大阪)でカウントダウンライブを実施し、翌2002年には東京ドームでもクリスマスライブを行うまでに成長し、この年も大阪ドームで2年連続となるカウントダウンライブも成功させた。その2年後の2004年も大阪・東京両ドーム公演を年末に開催することになり、この年末の2大ドーム公演は恒例になるかと思われた。しかし、同年のドーム公演開催直前になって、今後はドーム球場におけるライブについては行わない旨を自身のサイトにおいて発表した(詳しくはこちら)。その後も精力的にCDリリースやライブ活動を行っている。

2005年4月24日、TOKYO-FMホールにおいてMTVアンプラグドに出演する。国内アーティストとしては平井堅・宇多田ヒカルに次いで3例目であった。

裸足でのライブが有名であるが、その理由として本人曰く「気にしぃ」な性格であり、靴やブーツの靴ひもでさえ気になることもあるので、より演奏に集中するために裸足でいるとのこと。しかし、2005年10月30日に行われた「京都文化祭典'05 京の華舞台 平安神宮幻夜コンサート第2夜公演」ではブーツを履いて登場。同年末の大阪城ホールと日本武道館でのライブは靴を履いて登場した。多くのファンの疑問に対し「エフェクターを踏んだりするのに裸足では感触が悪く、気持ちよく音を踏み変えるには靴を履いたほうがいいので」という主旨の書き込みを自身のサイトでしている。以降、裸足で登場することはほとんど見受けられなくなっている。

韓国出身の女優・タレントのユンソナのファンであり、ユンソナがフジテレビの『笑っていいとも!』の名物コーナー「テレフォンショッキング」に出演した際、出演祝いの花を贈った。のちに、ユンソナも矢井田瞳のファンであることをテレビで公言している。

また、大のラーメン好きで、デビュー直前までラーメン屋の薩摩っ子ラーメン江坂店でアルバイトをしていた過去がある。

上方のお笑いも好きで、特に漫才を好む。

関連人物

中学校の先輩にお笑いタレントの藤井隆がいる。
高校の一年先輩に元TBSアナウンサーの有馬隼人がいる。
関西大学の同期生に現・南海キャンディーズの山里亮太(山ちゃん)がいる。山里はテレビ・ラジオ番組等で矢井田に一方的なラブコールを度々送っている。
実父は、京都女子大学教授工学博士の矢井田修である。時々瞳のCDを持ち歩いているという。

来歴

1999年
6月:SEESEE名義で「nothing,」リリース。『魔装機神サイバスター』エンディング。メジャーデビュー後のアルバム『daiya-monde』の「Nothing」のいわば原典版。このCDはオークションなどで高値で取引されることが多い。
2000年

5月:関西限定シングル「Howling」リリース。その後、このシングルは全国で発売される。
6月:心斎橋クラブクアトロで初ワンマンライブ。
7月:シングル「B'coz I Love You」をリリースし、このシングルでメジャーデビューを果たした。
9月:「YAIKO」名義で英国デビュー。
10月:シングル「my sweet darlin'」が全国ヒットし、「ダリダリ旋風」巻き起こる。

2001年
1月:過労のため一時入院。
3月:関西大学文学部卒業。卒業論文のテーマはアルベール・カミュ。
3月-5月:全国ツアー、「I'm here…」Tourを開催。
4月:英国ツアーを開催。
ライブイベント「SUMMER FESTIVAL SOUND of CLOVER」を8月1日・2日は大阪城ホールで、8月7日・8日は横浜アリーナで開催。このライブイベントにおいては、英国で発売した曲(自身の曲を英国風にアレンジしたもの)を披露したほか、大阪公演はシェイ・シーガーとメイヤ、横浜公演にはイモージェン・ヒープとCosmic Rough Ridersと共演した。さらに、2日の大阪公演には三木道三が飛び入り参加し、矢井田と「Lifetime Respect」を唄った。
11月:全国ツアー「Candle eyes TOUR」(2002年3月まで)
12月31日:大阪ドームで年越しライブ(矢井田瞳 COUNTDOWN LIVE 2001-2002)

2002年
7月:ライブイベント「summer festival Music Pool 2002」を大阪の万博記念公園で開催、片岡大志とイモージェン・ヒープと共演した。
9月-10月:完全招待制アコースティックライブツアー「秋にはごゆるりと 〜acoustic live 2002 〜」開催
12月25日:東京ドームでクリスマスライブ(Tokyo/flancy night〜ring your bell 12-25〜)
12月31日:大阪ドームで2年連続となる年越しライブ(Osaka/flancy midnight〜Countdown live 2002-2003〜)
2003年

2月-5月:全国ツアー「i/can fly TOUR 2003」35公演。自身最多の公演回数となった。このうち2月22日静岡市民文化会館における公演は本人の喉の調子が悪かったため中断し、3月25日に延期された。これについては「サイキンノヤイコ」で「最高のライブを提供し、分かち合いたい。それが出来ていない今が悔しい。やりなおしたい。という想いでした。」と中断を決意した時の心境を明かしている。
9月:完全招待制アコースティックライブツアー「秋にはしっとりと〜acoustic live 2003 〜」開催。

2004年
2月-6月:全国ツアー「YAIKO/ROCKS/50ROUNDS」50公演を開催し、最多公演回数記録を更新した。
6月:50公演ファイナル翌日に「YAIKO/ROCKS/BORNUS/ROUND」を札幌で開催。50公演とセットリストが異なっていた。
2年ぶりとなる野外ライブ「矢井田瞳 SUMMER FESTIVAL GIRLS TALK 2004」を8月1日に大阪万博記念公園、8月7日は横浜みなとみらいの臨港パークで開催した。そして、翌8日には追加公演及びオーサカキングの最終日イベントの一環として「オーサカキング 矢井田瞳 SUMMER FESTIVAL GIRLS TALK 2004」を大阪城西の丸庭園で開催した。
“最後のドーム公演”として「HITOMI YAIDA DOME LIVE 2004 MUSIC IN THE AIR」を12月18日は大阪ドームで、12月23日には東京ドームで開催した。なお、このドーム公演の模様はDVDとして発売されており、後項の名古屋レインボーホール(現名称:日本ガイシホール)におけるカウントダウンライブの一部の映像も収録されている。
12月31日:名古屋レインボーホールで年越しライブを開催。

2005年
2月:第54回別府大分毎日マラソンのテレビCMに出演。
3月:キリンビールの発泡酒「やわらか」のテレビCMに出演。
5月:アコースティックライブツアー「acoustic live 2005 ?オトノシズク?」
7月-8月:いくつかの主要都市の野外ライブ(いわゆる夏フェス)に参加。そのうち東京公演(お台場冒険王)に出演した際は、アコースティック編成で登場した。
10月:東芝EMIとの契約を終了し、インディーズレーベル「青空レコード」での活動に。「青空レコード」の販売はエイベックスグループの「エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ」が請け負う。
10月30日:「京都文化祭典'05 京の華舞台 平安神宮幻夜コンサート第2夜」(アコースティック編成)公演。
「矢井田瞳 HERE-TODAY LIVE 2005」を大阪城ホール(12月13日・14日)と日本武道館(12月27日・28日)で開催

2006年
7月-8月:「爽健美茶限定 矢井田瞳 LIVE」(東京2ヶ所・札幌・仙台・大阪・愛知・福岡・広島)開催
11月22日:青空レコードで活動開始後初めてオリジナルアルバム「IT'S A NEW DAY」を発売

2007年
1月12日と1月19日放送分の『探偵ナイトスクープ』にて顧問(ゲスト)として出演。
3月 - 4月:ライブツアー「矢井田瞳 TOUR 2007 “IT'S A NEW LIVE”」(全国21会場・23公演)を開催し、裸足ではなくブーツを穿き、また初めてスカートを穿いて登場した(これらは翌2008年のライブツアーにおいても同様)。このライブツアーからは、一部のバンドメンバーが変わり、曲のテンポが速めになっているなど楽曲にアレンジが多くなされていた。矢井田本人は、このライブツアーに参加したバンドメンバーをアルバム『IT'S A NEW DAY』に掛け合わせ「IT'S A NEW BAND」と称している。なお、この“IT'S A NEW BAND”は2006年に発売されたシングル「STARTLiNE」のミュージックビデオから既に出演している。
5月8日(ZEPP NAGOYA)、9日(ZEPP OSAKA)、11日(ZEPP TOKYO)に「IT'S A NEW LIVE 追加公演」を開催。前項のライブツアーとはセットリストが異なっていた。
7月-8月:「矢井田瞳 DoCoMo PRIME6 プレミアライブ」(札幌・福岡・大阪・仙台・名古屋・東京それぞれ2日間公演)を開催。小曽根真と塩谷哲によるピアノデュオと矢井田の唄だけというアコースティック構成であった。
7月28日:自身の誕生日である「ナニワの日」に、音響関係の仕事をしている1歳年上の会社員と2年間の交際を実らせ結婚。本人の公式ホームページ内にある「サイキンノヤイコ」で突然発表され、話題となった。
12月25日:TBSの音楽番組『クリスマスの約束』で小田和正と共演。新曲「恋バス」を披露し、佐野元春の「SOMEDAY」でコーラスも担当した。

2008年
3月5日:前作より1年4か月ぶりとなる7th album「colorhythm」を発売。
3月-4月:ライブツアー「マイティア美瞳プレゼンツ Hitomi Yaida COLOROCK LIVE 2008」(横浜・神戸・京都・大阪2日間公演・大宮・東京2日間公演)
「マイティア美瞳 矢井田瞳プレミアムライブ」を5月12日に大阪BIG CAT、同17日には渋谷DUO MUSIC EXCHANGEで開催。前項のCOLOROCK LIVEとはセットリストが異なっていた。
6月25日:実に3年ぶりとなるツアーライブDVD「Hitomi Yaida COLOROCK LIVE 2008」を発売。ツアーファイナルとなった4月11日のJCB HALLのライブの模様が収録されている。また、iTunes限定でこの音源のみのものが配信されている。
8月30日:鎌倉音楽祭 鶴舞2008 「鶴岡八幡宮 奉納ライブコンサート」に、稲垣潤一、秦基博、山本潤子、熊木杏里とともに出演。
10月15日:「やくしま森祭り 2008」のコンサートに池田綾子、石井竜也、小柳ゆき、Sara de Pattiとともに出演。
12月2日 - 12月25日:恋バスリリース記念として、原宿に「恋バスCAFE」をオープン。リリース日の12月3日には、矢井田が1日店長を務めた。

2009年
2月18日:デビュー10周年として、ベストアルバム『THE BEST OF HITOMI YAIDA』・ビデオクリップ集『HITOMI YAIDA MUSIC VIDEO COLLECTION』を同時発売。
6月1日:第1子を妊娠したことを発表。
10月28日:第1子(長女)を出産。

ディスコグラフィ

シングル


SEESEE名義
nothing,(1999年6月21日)
バンダイ・ミュージックエンタテインメントより発売。

矢井田瞳名義
Howling(2000年5月3日)
B'coz I Love You(2000年7月12日)
my sweet darlin'(2000年10月4日)
I'm here saying nothing(2001年1月24日)
Look Back Again/Over The Distance(2001年6月27日)
Buzzstyle(2001年9月27日)
Ring my bell(2002年3月27日)
アンダンテ(2002年7月10日)
未完成のメロディ(2002年12月4日)
孤独なカウボーイ(2003年4月23日)
一人ジェンガ(2003年9月10日)
Chapter01/マーブル色の日(2004年3月17日)
モノクロレター(2004年10月27日)
マワルソラ(2005年7月6日)
Go my way(2006年3月15日)
STARTLiNE(2006年6月21日)
初恋(2006年11月1日)
I Love You の 形/ハネユメ(2007年10月10日)
1・15 - 18は青空レコードより、2 - 14は東芝EMIより発売。

矢井田瞳&恋バスBAND with小田和正名義
恋バス(2008年12月3日)
1は青空レコードより発売。

その他シングル

I Like 〜(YAIKO、2000年9月22日)
DARLING DARLING(YAIKO、2001年1月1日)
初恋 〜Exclusive〜(2006年12月4日):iTunes Store配信限定シングル

オリジナルアルバム

daiya-monde(2000年10月25日)
Candlize(2001年10月31日)
i/flancy(2002年10月9日)
Air/Cook/Sky(2003年10月29日)
Here today-gone tomorrow(2005年8月15日)
IT'S A NEW DAY(2006年11月22日)
colorhythm(2008年3月5日)
1 - 5は東芝EMIより、6、7は青空レコードより発売。
(Wikipediaより引用)

『daiya-monde』(ダイヤモンド)は、矢井田瞳の1枚目のオリジナルアルバム。2000年10月25日発売。発売元は東芝EMI。

解説

メジャーデビューアルバムとなる本作。インディーズデビューシングル『Howling』から約5ヶ月、メジャーデビューから約3ヶ月の速さで発売されたアルバム。9月に実質的なミニアルバムである『I LIKE 2』を発売しているため、アルバムとしては2作目である。

先行シングルとなった3rdシングル『my sweet darlin'』は、爆発的なヒットにはならなかったものの、印象深いサビのフレーズや、それまでの女性シンガーソングライターにあまり見られなかった独特のスタイルが注目を集めヒット。本作ヒットの足がかりとなった。

本作はデビューアルバムにして、自身初のオリコンチャート1位を記録。同社集計で約70万枚を売り上げるヒットになった。

タイトルは宝石のダイヤモンドのほか、自身の苗字"ヤイダ"を逆さ読みにするという意味合いも込められている。このような独自の表現は、本作以降のアルバムタイトルでも用いられている。

ジャケットはアイスランドで撮影された。(Wikipediaより引用)

これらの音源は、「八百屋さんの居酒屋やすい」で視聴できます。
http://www.kuromon-yasui.jp/izakaya.htm
オーディオシステムに関しましてはコチラ             
http://www.kuromon-yasui.jp/ordeo.htm