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宇多田 ヒカル
Distance
宇多田 ヒカル(うただ ひかる、hikaru utada、1983年1月19日 - )は、アメリカ生まれの日本人女性シンガーソングライター(国籍はデビュー当時は二重国籍だったとされるが、その後については公式の発表はない)。幅広い年代のファンを保持し、また多くの音楽的記録も保持する。彼女が女性R&Bブームの先駆けとなった。本名は宇多田 光(読みは同じ)。 アメリカ合衆国ニューヨーク州出身。レコード会社は主にEMIミュージック・ジャパン。所属事務所はU3MUSIC。愛称はヒッキー(Hikki)。

来歴

1993年 - 2000年
米国居住時代の1993年、U3(父:宇多田照實と母:藤圭子とのファミリーユニット)名義で『STAR』を発表。また同じく米国で1997年にCubic U(宇多田家の3乗の意味)としてソロシングル『Close To You』とアルバム『Precious』を発表。

1997年秋、東京のスタジオでレコーディングをしていたところ、隣のスタジオにいたディレクターの三宅彰の目にとまり、日本デビューを持ち掛けられるが、アメリカでCubic Uとしてソロデビューを控えていたため、当初は戸惑ったものの、三宅の熱心な説得により1998年1月28日に『Precious』を日本で発売し、12月に"宇多田ヒカル"としてデビューすることになった。

1998年12月、宇多田ヒカルとして1stシングル「Automatic/time will tell」でデビュー。プロモーションはラジオ出演のみだったが、FMラジオや外資系CDショップのプッシュから一気に人気に火がつきデビュー曲はいきなりミリオンセールスを記録。わずか1枚のシングルだけで音楽メディアはもとより一般の週刊誌紙やワイドショーまでセンセーションを巻き起こした。そして、宇多田が15歳で作詞作曲を手がけていることやアメリカで生活していた帰国子女で、かつての演歌歌手・藤圭子の娘だということが分かり、世間を驚かせた。さらにデビュー前のクラブ向けアナログ盤や業界向けコンベンションの高評価など、多方面で話題を呼んだ。

1999年1月、自身のホームページにてブログを開始。当時は芸能人のブログ自体が珍しく、宇多田ヒカルがその先駆けになった。

1999年3月、1stアルバム『First Love』を発売。日本で860万枚以上(オリコンの売り上げデータは765万枚)、国外を含めると990万枚以上を出荷し、国内アルバム売り上げ史上歴代1位のヒットとなる。この年に帰国し、活動拠点を日本に移す。

それまでラジオ以外メディア露出はほとんどなかったが、6月18日の『ミュージックステーション』(26.5%)を皮切りに、『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』(28.5%)、『SMAP×SMAP』(33.5%)などのテレビ番組にも出演。いずれも番組最高視聴率を記録(『SMAP×SMAP』は当時の最高視聴率)。

2000年6月、『HEY!HEY!HEY!』にて司会のダウンタウンと共に「倉木麻衣という宇多田のパクリが出てきている」という話題で盛り上がり、この一連のやり取りは両者のファンの間で物議を醸した。後にメッセ上でアーティストとして似ているのではなく、事務所やレコード会社の仕事の仕方や境遇が似ているという趣旨を述べたつもりが誤解を与えた、と釈明し「浜田さんのあの言い方も酷かったし、私も笑いをとろうとするべきじゃなかったね」と謝罪した。

2000年7月、初めての全国ツアー「BOHEMIAN SUMMER 〜宇多田ヒカル Circuit Live 2000〜」を開催(ツアータイトルの由来はクイーンの名曲ボヘミアン・ラプソディより)。7月1日の国立代々木競技場第一体育館を皮切りに、全国10か所で開催。徳島公演の際には腰痛でダウンするという緊急事態もあったが、名古屋レインボーホール(現:日本ガイシホール)での最終公演の後、千葉マリンスタジアムで3日間にわたって追加公演を行う。いずれの公演のチケットもプラチナチケットと呼ばれ、電話予約開始から瞬時に完売、ネットオークションなどで高値で出回る。千葉マリンスタジアム3日目の公演では、この日のためにJam and Lewisが初来日し、演奏に参加。“最初で最後の全国ツアー”などとうたわれたが、2006年夏に2度目のツアーを開催。

2001年 - 2003年
2001年3月、2ndアルバム『Distance』を発売。発売日が浜崎あゆみのベストアルバム『A BEST』と重なり、「歌姫対決」と話題を集めた。 結果『Distance』の発売1週間の売り上げ枚数はオリコンで300.3万枚(邦楽アルバム初動売上1位)、プラネットで262.9万枚、サウンドスキャンで244.3万枚を記録し、日本の3大チャートのすべてで宇多田が浜崎を上回った。最終的に双方とも売り上げ400万枚を超えるヒットとなった。売り上げ約450万枚(オリコン)。オリコン年間アルバムチャート1位獲得。

2001年6月8日に起きた、附属池田小事件の被害者の1人が宇多田ヒカルのファンであったことを知り、本来オリジナルのままシングルカットする予定だった曲「DISTANCE」を作り直し、その被害者に捧げる曲として8thシングル「FINAL DISTANCE」としてリリース。

2001年7月、Tezuka Osamu @ Cinema企画のインターネットアニメ「ブラック・ジャック」で、ピノコ役の声優に起用される。声優の仕事は本人初の試み。

2001年8月、MTV UNPLUGGEDに出演。アメリカでUNPLUGGEDを制作していたスタッフが来日して撮影が行われた。

2001年、TIME誌アメリカ版(秋特別号)にU2のボノ、ビョーク等6人と共に表紙を飾る。同年12月17日号でTIME誌アジア版の表紙を飾る。

2002年1月、米国のレコードレーベルグループであるアイランド・デフ・ジャム・ミュージック・グループと契約。アメリカでの芸名を「Utada」とする。

2002年1月31日、世界経済フォーラム(通称ダボス会議)のオープニングセレモニーに出席。同年2月18日、首相官邸で行われた、ブッシュ大統領歓迎レセプッションに出席。

2002年4月、卵巣腫瘍(良性)と診断され、摘出手術を受ける。術後も薬の副作用で体調が回復せずしばらく休養。そのため、テレビ出演などプロモーション活動の中止も余儀なくされ、出演予定だった「笑っていいとも!」のテレフォンショッキングには、急遽父親の宇多田照實氏が代理で出演。

2002年6月、3rdアルバム『DEEP RIVER』発売。テレビ出演はなかったが、雑誌・ラジオ番組でプロモーション活動を行った。発売1週間の売り上げ枚数はオリコンで235万枚、プラネットで189万枚を記録した。売上げ約360万枚(オリコン)。オリコン年間アルバムチャート1位獲得。

2002年9月6日、写真家で映画監督の紀里谷和明と結婚。紀里谷はアルバム『Distance』のCDジャケットや9thシングル「traveling」、10thシングル「光」、11thシングル「SAKURAドロップス」3rdアルバムのタイトル曲となった「Deep River」などのプロモーションビデオを製作。

2003年1月19日、自身20歳の誕生日に、ライブストリーミング・イベント「20代はイケイケ!」を開催。トークの他ミニライブも行われ、井上陽水の「少年時代」のカバーなど全3曲を披露。約2130万件のアクセス数を記録。

2004年 - 2006年
2004年3月、コンピレーションアルバム『Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.1』を発売。当時ベストアルバムの発売と話題になった。4週以上に渡ってオリコン1位を独走。250万枚以上のセールスを記録し、年間アルバムチャート1位となった。2004年2月、3日/4日/7日/8日/10日に、ライブ「ヒカルの5」開催。武道館での5日間限定ライブ。定員5万人に対して100万件以上の応募があり、プラチナチケットとなった。

2004年4月、夫(当時)の紀里谷和明の初監督映画『CASSHERN』のテーマソングであるシングル13thシングル「誰かの願いが叶うころ」を発売。

2004年10月、幾多の延期を経てアルバム『EXODUS』で米国メジャーデビュー。収録曲「Devil Inside」シングルHot Singles Salesチャートで57位、ダンスチャートでは1位を記録。アルバムはビルボード総合アルバムチャートで160位。また新人や若手アーティストが対象のTop Heatseekersチャートでは5位。2005年10月には同アルバムで全英デビュー。日本では全米発売から4週間早い2004年9月8日に先行発売され、全英語詞にもかかわらずミリオンセラーを記録するヒットとなった。オリコンチャートで1位獲得。

2005年9月に14thシングル「Be My Last」を発売し、その後も立て続けにシングルを発売。再び日本での活動が盛んになった。2月リリースの16thシングル「Keep Tryin'」は200万ダウンロード突破。その後NHKみんなのうたで、17thシングル「ぼくはくま」が起用された。「誰かの願いが叶うころ」「Be My Last」「Passion」「Keep Tryin'」など、2004年以降のシングルは作詞・作曲に加え編曲も宇多田自身が担当しており、活動の範囲を確実に広げている。

NHK「トップランナー」では“シンガーソングライター”ではなく“音楽家”として紹介された。

2006年6月14日、4年ぶりとなる4thアルバム『ULTRA BLUE』リリース。この発売に先駆け、収録曲「This Is Love」を配信限定シングルとして販売した。このアルバムは初動50万枚を突破し、1stアルバムからの初動50万枚突破記録を更新し、歴代1位となった。オリコン2週連続1位獲得。

2006年、6年振り2度目となる全国ツアー「UTADA UNITED 2006」を開催。7月1日の宮城県総合体育館からスタートし、9月10日の代々木体育館まで全国11箇所全22公演行われた。国内でリリースされた曲の他にUtada名義でリリースした曲も披露し、まさに“集大成”となった。演出にはアリーナクラス最大規模のLEDを使い、元夫・紀里谷和明もこれに演出監督として参加している。7月28日には、ZEPP大阪で限定シークレットライブ「One Night Magic」を開催。12時間の応募期間にもかかわらず1万通を超える応募があり、プラチナチケットとなった。

2007年 - 現在
2007年2月28日、ドラマ「花より男子2」イメージソング収録の18thシングル「Flavor Of Life」をリリース。14thシングル「Be My Last」 - 17thシングル「ぼくはくま」までのシングルのすべての累積売上を上回り、オリコン週間チャートでは3週連続1位を記録。

2007年3月3日、仕事などお互いの生活のすれ違いを理由に元夫・紀里谷和明と3月2日に離婚したことを、U3MUSIC公式サイトの日記「Message from Utada Hikaru/Utada」にて報告した。

2007年7月18日、「Flavor Of Life」の音楽配信が総計700万ダウンロード(内、PC向け配信:プラチナ(25万DL)、着うたフル:トリプル・プラチナ認定(75万DL))を突破し、デジタルシングル世界1位となったことを英EMIが発表した。 同月、オリコンが実施した「音楽ファン2万人が選ぶ好きなアーティストランキング」で2004年以来3年ぶりに1位を獲得した[11]。そして2007年10月4日、宇多田の楽曲のダウンロード数が1000万ダウンロードを突破した(1アーティストの年間配信数で1000万件突破は世界初。2007年1月から9月末までの9か月間のみの集計)。

2007年11月には、Ne-Yoからの要望で、Utadaとコラボレーションした「Do You feat. Utada」が配信限定でリリースされた。2007年12月9日、宇多田ヒカルデビュー10周年目に突入。それを記念してデビュー曲「Automatic」の着うたが12月7日から10日まで無料で配信され、4日間で50万ダウンロードを記録した。

2008年2月20日には記念すべき20thシングル「HEART STATION/Stay Gold」をリリース。5thアルバムのタイトル楽曲ともなっている「HEART STATION」は、2月の月間FMオンエアチャートで1位となる1064回を記録、「traveling」の1037回を上回り、自身の最高オンエア記録を更新(またこの月にオンエア回数が1000回を超えたのは「HEART STATION」のみ)。

2008年3月10日から14日まで、デビュー10周年企画第2弾として「First Love」の着うたを無料配信。前回の「Automatic」着うた無料配信の50万ダウンロードを大きく上回る70万ダウンロードを記録。

2008年3月19日、1年9ヶ月振りとなる5thアルバム『HEART STATION』をリリース。オリコン初登場1位で1stアルバム以来6作連続首位獲得となった。2008年5月13日、これまでのアルバム全6作のトータルセールスが2000万枚の大台を突破したことが発表された。売り上げ金額は600億円以上にのぼり、さらにアルバム『HEART STATION』も100万枚出荷を果たし、6作連続でミリオンとなった。『HEART STATION』の収録曲が音楽配信で1500万ダウンロードを突破、CDと配信の合算で62億円を売り上げたことも併せて発表された。

2008年5月21日、21stシングル「Prisoner Of Love」をリリース。5thアルバム収録曲で、ドラマ「ラスト・フレンズ」の主題歌となったことからシングルカットが決定。オリジナルがアレンジされずそのままシングルカットされるのは3rdシングル「First Love」以来。シングルカットにもかかわらず年間チャートで上位となる。また同日からは、携帯電話とPCにおいて自身初となるビデオクリップ配信がスタート(5月21日現在「Flavor Of Life -Ballad Version-」、「HEART STATION」、「Prisoner Of Love」の3曲のみ配信中)。

2008年10月20日スタートのフジテレビ系月9ドラマ「イノセント・ラヴ」の主題歌に、2001年にリリースされた2ndアルバム『Distance』の収録楽曲「Eternally」に再編集を施したリミックスバージョン「Eternally -Drama Mix-」が起用された。主題歌として使用されるニュー・ヴァージョンは、2001年当時にスタジオで何回も歌われたヴォーカルの中から、ふたたび編集を行い、Londonにて新たにMIXを行ったもの。フジ月9ドラマ主題歌起用は2001年の『HERO』以来、約7年半ぶり2度目である[12]。

また、オフィシャルHPでは「10周年特設サイト」がオープン。 2009年1月12日付のオリコンチャートにてアルバム『HEART STATION』が42週目にしてミリオンを突破。自身のミリオン突破は2004年の『Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.1』以来5年ぶりで、通算5枚目(アルバム全6枚中)。

2009年1月7日、Utadaとしての新曲「Come Back To Me」のフルサイズ試聴がスタート。2004年の『EXODUS』以来約5年ぶりとなるセカンド・アルバム『This Is The One』を3月14日に日本でリリース。3月24日にはアメリカでデジタル配信リリース。4/11付のBillboard 200で179位に初登場した。また、リードシングルのカム・バック・トゥ・ミーは『ビルボード』のリズミックチャートで39位を記録。(日本人最高記録)また、全米のラジオ番組やテレビに出演しプロモーションをしている。2009年3月19日には宇多田ヒカルとして、初のオフィシャルブック「点-ten-」「線-sen-」を同時発売。ちなみに宇多田ヒカルとUtadaの活動が国内で同時に進行するのはこれが初。

2009年5月12日(現地時間)、アメリカとヨーロッパで『This Is The One』をCDリリース。このアメリカ盤には、北米でも人気を博しているゲームソフト「キングダム ハーツ」のテーマソングを歌ったことによる宇多田のアメリカでの人気を受けて、「光」の英語バージョン「Simple And Clean」と「Passion」の英語バージョン「Sanctuary」(2バージョン)がボーナス・トラックとして追加収録された。「Simple And Clean」はかつて宇多田ヒカル名義のシングル「COLORS」に収録された経緯があるが、「Sanctuary」は2006年に発表されたもののその後一切のリリースが無く、発表から3年を経ての正規音源リリースとなった。また、過密なスケジュールにより宇多田の急性左部へんとう周囲炎が悪化、2週間の安静を命ぜられ、リリース直後のアメリカでのプロモーション・イベントの延期が発表された。

2009年5月16日、前作から約1年半ぶりとなる映画「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」(6月27日公開予定)のテーマソングに決定したことが、フリーペーパー「EVA-EXTRA 02」紙面にて発表された。前作「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」のテーマソング「Beautiful World」に引き続いての続投となる。なお、主題歌は「Beautiful World-PLANiTb Acoustica Mix」に決定したが、CD収録がなされるかは不明。

2009年5月21日、アメリカで12日にCDリリースされた『This Is The One』が、5月30日付Billboard 200で69位にチャートイン。日本人アーティストがビルボードのトップ100に登場するのは、1986年にロックバンドのLOUDNESSが記録して以来、23年ぶりの記録となった。

2010年1月〜2月、Utadaとして初の全米ヘッドライン・ツアー「Utada "In The Flesh" 2010 Tour」を開催した。1月15日のホノルルを皮切りに、北米6都市を回り、最後にイギリス・ロンドンの全10公演を完遂した。ロンドンでは追加公演も行われ、大盛況のうちに幕を下ろした。ツアーに先駆けて2009年12月21日にはアルバム『This Is The One』からのセカンド・シングル「Dirty Desire (The Remixes)」をリリース(アメリカ配信限定)。

人物・プロフィール

公式身長158cm、体重43kg。血液型A型。

清泉インターナショナルスクールに通っていたが、活動を始めた途端に退学となり、アメリカンスクール・イン・ジャパン(ASIJ)に転校した。ASIJでは成績優秀で、1年飛び級して、コロンビア大学に進学するが、まもなく中退。

名前

本名は宇多田光だが、デビューする際に、周りから名前が堅い感じがするといわれ、本名と画数の変わらない「宇多田ヒカル」とした。画数については、姓名判断で度々彼女の名前は非常に素晴らしい画数である、と評価されている。それを本人が知っての決定となった。中性的な名前のため、子供の頃はよく男の子に間違えられたという。また、「光」という名を考えたのは、父の宇多田照實だが、一方母である藤圭子は、彼女を「宇多田苺」と名づけたかったようで、そのことについて、アメリカの日本料理店にて父親と口論になったが、その店の壁に「光」と書道で文字が書かれていたのを発見したことで、話が決着した、というエピソードがある。とはいえ、どちらにせよ「苺」という文字は、当時は人名漢字として認められていなかった。また、名字の「宇多田」は、日本でも非常に珍しく、山口県などに数件ある程度である。また、家系について、宇多田の父の宇多田照實が子供の頃、長い巻物に描かれた家系図を見せられ、由緒ある家系であることを伝えられた、というエピソードがある。戦前の元首相・寺内正毅は遠戚にあたる。また、彼女の祖母は、瞽女(ごぜ)であった。

趣味・嗜好

作品を創作する上で一番の影響が伺えるのが、小説をはじめとした古今東西の文学である。元々、幼い頃からの読書家であったらしく、ブログでも度々小説や随筆の紹介をしている。公式プロフィールでは、多くの小説家や作家の名が好きなものとして公表されている。アルバム『DEEP RIVER』は、遠藤周作の『深い河』からインスパイアされたとしており、楽曲「テイク5」に関しては「宮沢賢治を意識して創った」とも述べている。また、英語圏アルバム『EXODUS』収録の「Kremlin Dusk」には、エドガー・アラン・ポーの詩『大鴉』が歌詞に登場している。「traveling」の平家物語からの引用、「Be My Last」での三島由紀夫原作映画『春の雪』主題歌提供、聖書の出エジプト記が色濃く表れた「Exodus '04」など、例を挙げればきりがないが、彼女の楽曲と文学は、切り離せないものになっている。夢は、部屋の全ての壁を本棚にすることだという。

ゲーマー・アニメ好きで知られており、タイアップをよく行っている。気に入った作品には、PVを観たその場で快諾することもある。特に、テトリスに関しては驚異的な腕前を持つ、筋金入りのテトリスマニア。本人曰く「5歳の頃から毎日プレイしている」ためか、以前『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』でダウンタウンの松本人志と対戦した際には、松本から「いや〜、まさかあそこで○が落ちてくるとはね…。」と言わしめるほどに完勝し、ニンテンドーDS版では、いわゆるカンストを達成している。2006年8月、任天堂が主催したイベント「宇多田ヒカルとテトリス対決!!」に参加。抽選で選ばれた一般者とテトリス対決を行い、26勝4敗という好成績を残した。さらに、テトリス開発者2名とも対決を行い、1勝1敗と善戦した。また、「テトリスはスポーツ」と発言している。 テトリスのような幾何学的ゲームに惹かれるのは、RPGなどの対話型ゲームが嫌いだからだそう。理由は、「人と喋りたくないからゲームをしているのに、なんでゲームの中で人と喋らなければならないのか不思議」と思うからだという。そのため、タイアップした「KINGDOM HEARTS」シリーズもプレイしていないと、秘密を明かした。

交友関係

B'zの稲葉浩志とは、家族ぐるみの付き合いであるという。他に、今井絵理子、及川光博、唐沢寿明、深田恭子、とも親しい。Mikaと交友関係があり、彼の日本滞在時にAKB48の公演に2人で訪れた。

音楽性

ほぼ全ての曲で作詞、作曲を手がけ、多くの曲で編曲も自ら行う。アルバム『ULTRA BLUE』以降はプログラミングも自ら行っている。

早熟な音楽家の近年代表例である彼女だが、雑誌のインタビューで絶対音感を持っていることを否定しており、「音がみんなドレミで聴こえるなんていただけない」といった趣旨の言葉をつづけている。

初期のころはR&B調の曲が多かったが、最近はポップ、バラードなどとジャンルが幅広くなっている。これは、本人曰く1つのジャンルにとらわれたくないからだという。2004年の海外進出後、しばらく浮遊感のある暗い曲が多かったが、2007年の『Flavor Of Life』で本来の作風に戻っている。情報誌『日経エンタテインメント!』で、音楽関連の記事を手がける海老名邦明は『HEART STATION』の紹介記事で「デビュー当時と比べるとやはり成長している。その契機となったのは、作詞・作曲に加えて編曲もすべて1人で行うようになった04年からだろう。」と評している。デビュー当初から宇多田を担当している三宅彰は、宇多田のデビュー10周年の際に受けたインタビューで宇多田の変化についてコメントしている。デビューアルバム『First Love』から『ULTRA BLUE』までのアルバム4枚は誰に向けて書いたのか具体的に見える曲が多かったが、『HEART STATION』は顔の見えない不特定多数に向いていると述べている。三宅はこれを「10代は内面に向かいがちだったのが、20代半ばになり社会と自分というものを結びつけることができるようになったのかなと思う」と評している。続けて三宅は宇多田がデビュー当初から変わっていないところに、「声」を挙げている。曰く「音楽的な趣味も変わっているし、精神的にも大人になったし、見える景色も変わったでしょう。でも声の魅力と本質的な性格はあまり変わっていない」。

影響

フレディ・マーキュリーを尊敬している。自身のサイトにおいて、好きなアーティストにナイン・インチ・ネイルズ、モーツァルト、ジミ・ヘンドリックス、バルトーク・ベーラ、レニー・クラヴィッツ、プリンス、エディット・ピアフ、コクトー・ツインズ、チック・コリア、ザ・ブルー・ナイル、ビョーク、TM NETWORK、尾崎豊、美空ひばりを挙げている。また、歌唱の面では元グルーヴ・セオリーのアメール・ラリューに強く影響を受けており、(自分の中で)師匠であると発言した。

使用機材

エレキギターはテレビ出演時等、ギブソン・レスポール・スタジオの黒を使っているのが確認出来る。『Be My Last』はエレキギターで唄いながら創ったとも。作曲に使うのはマッキントッシュで、使用ソフトはLogicとの発言あり。スタジオのエンジニアリングではPro Toolsを、昨今では活用しているらしい。キーボードであるがマッキントッシュ(主にノート型(恐らくMacBook))につなぐのは単なるMIDIキーボード(PC-300)で、シンセサイザーとしてはKORGのTRITONを使っているという。最初のMIDIキーボードは、「Prisoner Of Love」のジャケット撮影時に偶然にも壊れた。それは5年間愛用したもので、チェコで仕事があった際も持っていったものである。TRITONは現在ニューヨークの自宅のトイレに置いてあるという。壊れても捨てられないほどの愛着がある機材は最終的にトイレに行き着く。

主な記録

日本の歴代ミリオンセールスアルバムランキングTOP10では1位、4位、8位に彼女の作品が入っており、宇多田ヒカル名義でのアルバムはすべて、日本レコード協会から、ミリオンの認定を得ている。現在、アルバムを3作連続で300万枚以上売り上げた日本のミュージシャンは彼女のみで、“日本で最もアルバムを売ったアーティスト”としてギネスブックに紹介されている。

オリコンの「10代のシンガーソングライターによる1stアルバムから3作連続で初登場トップ5入り」の記録を持つ2人のうちの1人である(もう1人は加藤ミリヤ)。シンガーソングライターのベスト盤のミリオン獲得の最年少記録(21歳3か月)を持っている。

オリコン年間好きなアーティストランキングでは、2004年、2007年、2008年度で3度の1位を獲得している。また、HMVの「Top 100 Japanese pops Artists」(2003年)で24位、「日本のシンガーTOP30」(2005年)に10位。
(Wikipediaより引用)

『Distance』(ディスタンス)は、2001年3月28日にリリースされた、前作から約2年ぶりの2枚目のアルバム。
初動売上が300万を記録し、初動売上歴代1位となった。また、2000年代の歴代売上げ第1位のアルバムでもある。
今作品のレコーディングは、東京、大阪、ミネアポリス、アトランティックシティ、ニューヨーク、マイアミなど、世界各地で行っている。
5thシングルの「Wait&See 〜リスク〜」のカップリングである「はやとちり (Original Version)」、「Fly Me To The Moon (In Other Words)」は本作には収録されていない。
初回特典ピクチャーレーベル仕様
本アルバムに収録されているシングルのほとんどはアレンジされている。(Wikipediaより引用)

これらの音源は、「八百屋さんの居酒屋やすい」で視聴できます。
http://www.kuromon-yasui.jp/izakaya.htm
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