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洋楽/男性VO/ポップス/ダンス

Wham!
ワム(イギリス) 
Fantastic
1作目
1981年、学生バンドの仲間だったジョージ・マイケル (George Michael) とアンドリュー・リッジリー (Andrew Ridgeley) の二人がデュオとして活動を開始。1982年にシングル『Wham Rap (Enjoy what you do?) 』でインナーヴィジョン・レコーズよりCBSレコードを経由したインディーズ扱いでデビュー、同年リリースした『Young Guns (go for it) 』で一躍ブレイクする。ポップで快活な曲調と二人のルックスの良さも相まって話題となり、BBCの人気番組『トップ・オブ・ザ・ポップス』に出演。一躍アイドル的人気を得た。
1983年にファースト・アルバム『ファンタスティック』を発表。イギリスでは史上4組目となる、デビューアルバムの初登場1位獲得を成し遂げた。『バッド・ボーイズ』などのヒット曲を放ち、イギリスでは瞬く間にトップスターとなる。年末にプロモーションで初来日し、『レッツゴーヤング』等の歌番組などにも出演した。
1984年、所属レーベルをイギリスではエピック、アメリカではコロムビアに移籍し、アルバム『メイク・イット・ビッグ』を発表。本格的なアメリカ進出を果たす。このアルバムからは『ケアレス・ウィスパー』をはじめ数々の大ヒット曲が生まれ、ワム!は英米のみならず世界中で爆発的な人気を博した。日本でもマクセルのカセットテープのテレビCMに2人で出演するなどし、人気が上昇して1985年1月には来日公演も行われた。また、西城秀樹と郷ひろみが、共にリアルタイムでワム!の曲『ケアレス・ウィスパー』をカバーしている。同年に発表されたシングル『ラスト・クリスマス』は、現在もなおクリスマスソングの定番曲として親しまれ、後に織田裕二がカバーしている。
1985年には、英米のポップ・アーティストとしては初めて大々的な中国公演を行った。その人気が絶頂を極める中、1986年にワム!は解散を発表。解散後、ジョージ・マイケルはソロアーティストとして再出発し、アイドルから脱皮した大人の歌手として引き続き高い人気を博した。(Wikipediaより引用)

本作は1983年発表。
このアルバム、イギリスでは大ヒットしたんですが、アメリカでは83位だったんですね。以外でした。当時 「Bad Boys」「Wham Rap」「Club Tropicana」なんかがディスコでかかりまくってましたね。懐かしいです。”Make It Big”でポップ化しちゃいましたけど、この”Fantastic”は中々ファンキーでソウルフル、ジョージ・マイケルの70年代ソウル、ブラック・ミュージックへの傾倒ぶりがうかがえます。「Nothing Looks The Same In The Light」みたいな雰囲気の曲なんかもう、ジョージ・マイケルの歌唱力と天才的な音楽センスには脱帽。日本のアイドルグループでは考えられない、貫禄すら感じさせます。ジョージ・マイケルは本当はこんなファンキーなのをずっとやりたかったのでしょうね。
洋楽/男性VO/ポップス/ダンス

Wham!
ワム(イギリス)
Make It Big
2作目
「Wake Me Up Before You Go-Go」「Freedom」「Careless Whisper」等、今も色あせないメロディの数々。(日本のアイドルグループとかって、大人になってから聴きかえすと恥ずかしくなる時あるんですけどね。これは違います。)間違いなく80年代のポップスシーンを代表する名盤です。彼等は甘いルックスやMTVを意識したビジュアルのせいで、完全にアイドル扱いされていましたが、ジョージ・マイケルの才能は本物でした。ファーストアルバムも殆どがジョージの書いた曲でしたが、今作でも6曲が彼の作詞作曲によるオリジナル曲。あまりの完成度の高さに「ゴーストライターが書いてるんじゃないの?」とか囁かれる程でした。活動期間は短かかったのですが(アンドリューどこいったんだろ)、「Last Christmas」他、彼等はポップミュージック史に残る名曲を数々残してくれました。にしても・・ジョージ・マイケルがホモだと知った時はショックだったけど。。。

これらの音源は、「八百屋さんの居酒屋やすい」で視聴できます。
http://www.kuromon-yasui.jp/izakaya.htm
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http://www.kuromon-yasui.jp/ordeo.htm