このサイト(CDレビューのページ)のトップページへ
このサイト(黒門市場やすい)のメインホームページへ
洋楽/男性VO/ポップス

U2
ユーツー(アイルランド)
Boy
1作目
U2は1976年、ダブリンのマウント・テンプル高校の掲示板にラリー・マレン・ジュニアがバンドメンバー募集の貼り紙を出した。これを知ったポール・ヒューソン(ボノ)、アダム・クレイトン、エヴァンス兄弟(兄ディック、弟デイヴ(ジ・エッジ))が集まり、5人でアマチュア活動を始める。バンド名は「フィードバック(Feedback)」や「ハイプ(Hype)」を経て、ディック脱退後の1978年に「U2」と決まった。地元のタレントコンテストで優勝し、CBSアイルランドと契約。1979年に限定シングル『U2:3』でデビューする。アイルランド国内で人気を得て、1980年にアイランド・レコードと契約を結びメジャーデビューを果たす。
スティーブ・リリーホワイトのプロデュースで、1980年にファーストアルバム『ボーイ』を発表。1981年に『アイリッシュ・オクトーバー』、1983年に『WAR(闘)』をリリースする。全英ヒットチャート1位を獲得した『WAR(闘)』は初期を代表するアルバムとなり、シングル「ニュー・イヤーズ・デイ」もヒットした。精力的なライブツアーにより、人気はイギリス、ヨーロッパ大陸、アメリカへと拡大。『ローリング・ストーン』誌はU2を1983年度の最優秀バンドに選出した。

1980年のデビュー以降、政治的な信条と渇愛を力強く歌い上げる作風で世界的に数多くのファンを持つグループである。これまでに発表した作品は、2007年現在累計約1億7千万枚のセールスをあげている。音楽業界最高の名誉であるグラミー賞で獲得した賞は2007年に22を数え、バンドとしては最多を記録している。2005年にはロックの殿堂入りを果たし、「Vertigo Tour」が同年のコンサート収益1位を記録するなど、依然トップクラスの人気を誇っている。

結成した高校時代から既に25年以上経っているが、デビュー前にジ・エッジの兄が抜けた以外は不動の4ピースバンドとして活動を続けている。ギャラは貢献に関係なく四等分され、プライベートでもメンバーの家族含めて常に連れ添っている姿は、仕事以外付き合いがないバンドが多い中で珍しい。そのためか、よく『奇跡のバンド』と評される。

本作は1980年発表。
52位 ゴールド(UK)、63位 プラチナム(US)、世界総売り上げ400万枚。
1980年9月にデビューして以来、母国アイルランドでの人気を固めていたU2は、本作の発表とライブツアーにより国外進出のきっかけをつかむ。イギリスのほか、アメリカでも東海岸のカレッジチャートから注目され始めた。
音楽プロデューサーにはジョイ・ディヴィジョンを手がけたマーティン・ハネットが参加する予定だったが、イアン・カーティスの自殺の影響で、ピーター・ガブリエルやXTCなどを手がけたスティーブ・リリーホワイトが担当することになった。本作からサードアルバム『WAR(闘)』にかけてのサウンドは、リリーホワイト独特の残響処理が冷たく澄んだ雰囲気を醸し出している。疾走感のある演奏は、バンド初期の荒削りな勢いを感じさせる。
ボノが綴る歌詞には、少年から大人へ成長する過程のナイーヴな戸惑いが込められている。1曲目の「I Will Follow」はボノが14歳の時に亡くした母親へ捧げた曲として有名であり、現在でもライブのセット・リストに頻繁に組み込まれている。
なお、ジャケットには上半身裸の少年(ボノの親友の弟)の写真が使われているが、アメリカ盤では児童性的虐待を想起させるとみなされ、メンバー4人の写真に差し替えられている。(Wikipediaより引用)

本作をリアルタイムで聴いた時は、正直大した印象はなかった。サウンドもアルバムジャケットほどインパクトないし、その後こんなビッグバンドになるなんてみんな思ってなかったんじゃないかなあ。楽曲はアルバム前半は粒ぞろいで結構楽しめましたが、後半ちょっとダレました。
洋楽/男性VO/ポップス

U2
ユーツー(アイルランド)
War(闘)
3作目
本作は1983年発表。
1位 2xプラチナム(UK)、12位 4xプラチナム(US)、世界総売り上げ1000万枚。
全英チャート初登場1位獲得など、U2として初のビッグヒットを記録。シングルでもヒットした「ブラディ・サンデー」「ニュー・イヤーズ・デイ」など、初期のU2を代表する楽曲が収録されている傑作である。
北アイルランド紛争で起きた1972年の血の日曜日事件の悲劇をテーマにした「ブラディ・サンデー」、核戦争を扱った「セカンド」、ポーランドの「連帯」をイメージした「ニュー・イヤーズ・デイ」などのメッセージソングを収め、「社会・政治問題に積極的に関わるロックバンド」という今日まで続くU2のイメージを決定付けた。
タイトルの『WAR(闘)』についてボノは「『WAR』とは色々なレベルにある『戦い』を扱ったものなんだ。国と国の戦いもあれば、市民権の戦いもある。人と人同士の戦いもあるんだ。勿論、男女間の戦いもね。確かに『戦い』がテーマだけど、決して否定的なアルバムなんかじゃないんだよ」と繰り返し触れている。WAR TOURのライブで「ブラディ・サンデー」を歌う際には「これは抵抗の歌ではない」と語り、ステージ上で白い旗を振るパフォーマンスを見せた。
緊迫感みなぎるアルバム前半から一転して、ラスト曲の「40」では穏やかな平和への祈りを聞くことができる(曲名は旧約聖書の詩篇40篇より)。
このアルバムのカヴァー写真の少年は、ボノの友人であるグッギ(ヴァージン・プルーンズの元メンバー)の弟で俳優のピーター・ロワンである。彼の写真は他にも『ボーイ』や『ザ・ベスト・オブU2 1980-1990』といったアルバムのジャケットにも使われている。純粋であどけない表情だった『ボーイ』から一転、鋭い視線を投げかけており、U2の姿勢を端的に表現している。(Wikipediaより引用)

オープニングナンバーの「Sunday Bloody Sunday」がいきなり衝撃的でしたね。コレと3曲目の「New Year's Day」はその後彼等の代表曲となりました。彼等のメッセージは間違いなく素晴らしいのですが、このバンドの良さはやはり歌メロの親しみ易さだと思います。乾いたドラムとエッジのギター、ボノの力強い歌声が若々しく情熱的なバンドサウンドを形作っていて、荒削りですが初期の代表作。このアルバムからU2ファンになった人も多いのではないでしょうか。
洋楽/男性VO/ポップス

U2
ユーツー(アイルランド)
The Joshua Tree
5作目
1位 6xプラチナム(UK)、1位 ダイアモンド(US)、世界総売り上げ2850万枚。
前作『焔』からの3年間、U2はアフリカ救済、エイズ撲滅などのチャリティーイベントに参加して世界的な知名度を得ており、本作でその人気が爆発する。全米チャートで9週連続1位を獲得し、全世界でのセールスは2000万枚以上。グラミー賞では最優秀アルバム賞、最優秀ロック・グループ賞を獲得する(1988年)。シングルヒットした「ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネイム」(1989年のグラミー賞最優秀パフォーマンス・ミュージック・ビデオ受賞)や「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」は、U2の代表曲としてライブでも歌われている。
音楽面ではアメリカ文化への傾倒がより顕著になり、ブルースやカントリー、ゴスペルなどのルーツ・ミュージックを積極的に吸収し、従来のU2にはなかった静謐さと骨太さを併せ持ったコントラストの深い独自のサウンドを構築している。アメリカ政府の対ニカラグア政策(コントラ支援)を告発する「ブレット・ザ・ブルー・スカイ」、イギリスの炭鉱労働者がモチーフの「レッド・ヒル・マイニング・タウン」、チリのピノチェト政権下の行方不明者をテーマにした「マザーズ・オブ・ザ・ディサピアード」など硬派な姿勢を貫きながら、セールスでも大成功した点が当時のU2の勢いを感じさせる。
アルバムタイトルの"Joshua Tree"とはアメリカ南西部の砂漠地帯に生えるユッカの樹のこと。(Wikipediaより引用)

今作は”War”のような荒削りで情熱的な作風とは違い、地味ですがじっくりと聴かせる存在感のある渋い作品になっています。とにかく聴けば聴くほど味わいがでてくるアルバムで、全編を通しても流れに無駄のない傑作。静寂感漂う荘厳なオープニングナンバー「Where the Streets Have No Name」から「I Still Haven't Found What I'm Looking For」「With or Without You」の流れは素晴らしく、特に「With or Without You」の静かな出だしから次第に盛り上がっていくアレンジはもう最高の一言。けっして派手なアルバムではないのですが、洗練され計算され尽くした奥深さを感じさせる名作に仕上がっています。

これらの音源は、「八百屋さんの居酒屋やすい」で視聴できます。
http://www.kuromon-yasui.jp/izakaya.htm
オーディオシステムに関しましてはコチラ             
http://www.kuromon-yasui.jp/ordeo.htm