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洋楽/男性VO/ポップス

Tears for Fears
ティアーズ・フォー・フィアーズ(イギリス)
The Hurting (1983)
1作目
両親の離婚に伴いポーツマス (イングランド)からバース (イギリス)へ移り住んだローランド・オーザバル(Roland Orzabal)は、同じく離婚家庭に育ったカート・スミス(Curt Smith)と13歳のときに出会い、一緒に音楽活動をするようになる。この両親の離婚、残された子供たちの心の痛みと悲嘆というテーマは、ティアーズ・フォー・フィアーズ初期の活動に重要な影響を及ぼしていく。
ティアーズ・フォー・フィアーズ(以下、TFF)始動以前に彼らが結成したバンドにはグラデュエイト(Graduate)、ネオン(Neon)、ヒストリー・オブ・ヘッドエイクス(History of Headaches)等がある。ネオンには後にネイキッド・アイズ、クライミー・フィッシャーを結成しヒットを飛ばすロブ・フィッシャーが在籍していた。各バンドで、ローランドはギターとボーカル、カートはベースとボーカルを担当した。
グラデュエイト解散後、ローランドとカートは音楽上のパートナーを探していたキーボード奏者のイアン・スタンリーと出会う。イアンの所有するスタジオで3人はデモテープ作成に励み、バンド名もティアーズ・フォー・フィアーズと新しく名づけた。間もなくしてフォノグラムと契約し、1981年10月、デビュー・シングル「悩める子供たち」をリリース。この曲はヒットこそしなかったものの良好なオン・エア率を記録。その後3枚目のシングル「狂気の世界」が大ヒット、快進撃は「チェンジ」、「ペイル・シェルター」と続き、これらの楽曲を収録した1stアルバム『ザ・ハーティング(LP発売時の邦題は「チェンジ」)』は全英で1位を記録する。しかし次のシングル「ザ・ウェイ・ユー・アー」がヒットせず、息切れを見せた彼らは休養し、新たなアイデア作りの時間をとるため、音楽シーンから一旦姿を消す。

バンド名の”Tears for Fears”は心理学者アーサー・ヤノフの著書「原初からの叫び(Primal Scream)」に登場する章題からそのまま取られている。直訳すれば「恐れのための涙」。ヤノフの提唱した心理療法である原初療法は「恐怖や心の痛み(Pain)を心にしまわないで、子供のように声に出して叫べ、泣け」というもの。ティアーズ・フォー・フィアーズの初期の歌詞に「Shout」「Pain」という言葉が頻出するのはそこから来ている。(Wikipediaより引用)

彼等はブリティッシュ・ロックの中でも「シンセポップ」とか「エレポップ」というジャンルにカテゴライズされているようですが、ヤズーとかデペッシュモードのようなシンセを多用するタイプとは違った印象を受けます。ま〜曲によってはシンセ主導のものもありますが、物寂しげな音色とメロディーで、美しく繊細でナイーブな雰囲気があります。ローランドの湿り気のある歌声がまたいい味出していて、新人らしからぬインテリジェンスを感じるんですよね。はっきりいって、コレが一番好きです。全体的にちょっと暗いんですが、どの曲もかなり作り込まれていて、彼等の本作に対する意気込みが伝わってくるようです。(ローランドとカートの2人はこの頃経済的に苦しかったため、本作はホント、必死のパッチで制作したようですが。)メロディも充実していますし、彼らの作品の中でもベストなアルバムだと思います。
洋楽/男性VO/ポップス

Tears for Fears
ティアーズ・フォー・フィアーズ(イギリス)
Songs From The Big Chair (シャウト)(1985)
2作目
約1年近いブランクの間、彼らは新しいTFFサウンドを練り直すことに専念していた。イアン・スタンリー、マニー・エリアス(Manny Elias・ドラム)、そしてプロデューサーのクリス・ヒューズ(Chris Hughes)と共に生み出されたサウンドはより力強くキャッチーなものとなった。1984年の12月にリリースされたシングル「シャウト」はMTVにおけるビデオ・クリップの頻繁なオンエアも手伝い、全英2位、全米1位を記録。続いて「ルール・ザ・ワールド」が全英・全米1位、「ヘッド・オーヴァー・ヒールズ」が全米3位。アルバムは世界中で1000万枚近く売れるなど、折からの第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの波にも乗り、TFFの名は世界中に知られることとなった。大々的なワールド・ツアーが行われ、唯一の来日公演(1985年8月、東京・大阪・名古屋)もこの時期に行われている。

ツアーに次ぐツアーの日々で疲れ果てたローランドとカートは、お互いの仲も悪化し、解散を意識するまでに至る。そんなとき、カンザス・シティーのホテル・バーでふと耳にした黒人女性の歌に大きな感動を覚えた彼らは、自分たちの音楽の方向性に疑問を持ち始める。ツアーを終え、新しいアルバム作りに取りかかるも、これまでのTFFサウンドの枠から出ないイアン・スタンリーやクリス・ヒューズとの音作りにローランドとカートは満足できなくなっていた。(Wikipediaより引用)

しばらく音沙汰がないので解散したと思ってました。
基本的に前作の延長のようなサウンドスタイルで、個人的に1stのようなインパクトは感じませんでしたが、好き嫌いは別としてこのアルバムが彼等の代表作で、「Shout」が代表曲といって間違いないでしょう。エモーショナルでちょっとひねくれたポップス・センスは今作でも健在。彼等の楽曲はミドルテンポが主体で、聴きやすいんだけどミーハーな感じもしないので、洋楽初心者から通なマニアまでおおいに受け入れられましたね。「Head over Heals」「Rule The World」が素晴らしい出来なので、楽曲のバラつきにも目をつぶりましょう。今、改めて聴きなおすと、このバンドってすごい作曲センスしてたんだなあって思います。
洋楽/男性VO/ポップス

Tears for Fears
ティアーズ・フォー・フィアーズ(イギリス)
The Seeds Of Love (1989)
3作目
カンザス・シティーでのオリータ・アダムスとの出会いに新たなエモーションを得たローランドとカートは、全くの無名だった彼女を抜擢。新たなアルバム作りに向けてゲスト参加を要請する(オリータはその後、ローランドのプロデュースでソロデビュー。グラミー賞候補になるなど大きな評価を受けた)。
オリータのヴォーカルとピアノに加え、 フィル・コリンズ、ピノ・パラディーノ、マヌ・カチェ、ニッキー・ホランド等の多彩なゲスト・ミュージシャンを迎えて作られた新たなTFFサウンドは、これまでの彼らのスタジオ・ワークにはほとんど見られなかったライヴ感を強く感じさせるものとなった。本作の時点でイアンとマニーはすでに脱退しており、以降、パーマネント・メンバーを加えずに、TFFはローランドとカートのデュオ(またはローランドのソロ)を核にサポートを加えてバンド・サウンドを展開するスタイルとなっていく。
前作から約4年ぶりの活動再開であったが、1989年8月にリリースされたシングル「シーズ・オブ・ラヴ」は全英5位、全米2位となり、またアルバムも全英1位、全米8位を記録、彼らの復活を強く印象付けるものとなった。(Wikipediaより引用)

前作”シャウト”から4年ぶりのオリジナルアルバム。たっぷりと時間をかけて制作された本作は緻密で隙がなく、プログレやジャズの要素を採り入れて懐の深くなったバンドサウンドは最高の完成度と緊張感を保っています。思索的でシリアスな傾向はさらに強まり、練りに練った楽曲はどれも素晴らしいのですが、前作のようなコマーシャル性が薄れてしまったため、世間一般には地味な印象を与えてしまったようです。影の薄いアルバムですが、名盤だと思います。「Sowing the Seeds of Love」は名曲。
Curt Smith
カート・スミス
Soul On Board

これらの音源は、「八百屋さんの居酒屋やすい」で視聴できます。
http://www.kuromon-yasui.jp/izakaya.htm
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http://www.kuromon-yasui.jp/ordeo.htm