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洋楽/男性VO/ロック

Slade
スレイド(イギリス)
The Amazing Kamikaze Syndrome
11作目

SLADE(スレイド)は、イン・ビトゥインーズ(N'Betweens)名で1966年結成。同年キム・フォウリーのプロデュースでシングルをリリースしているが、この時点では単発に終わる。その後元アニマルズのチャス・チャンドラーに見出され、1969年Ambrose Slade(アンブローズ・スレイド)名義でファースト・アルバム『ビギニングス(Beginnings)』を発表。このアルバムはスレイドのディスコグラフィーでもファースト・アルバムとして扱われている。
ここまではビート・ロックやサイケデリック・ロックの影響下にあるサウンドを聴かせていたが、チャンドラーの指導によりイメージ改革に乗り出すこととなる。スレイドへの改名、派手な衣装、ポップなメロディーに豪快かつタイトなリズムを合わせたサウンドは、全てこの時期に始められた。
また、時期を同じくしてライブ・パフォーマンスに対する評価が上がり、1972年発表のライブアルバム『スレイド・アライブ(Slade Alive!)』は英国チャート2位まで上昇。すかさず発表したスタジオ盤『スレイド?(Slayed?)』は1位を獲得。ティーンエイジャーから厚い人気を得、以降2枚のアルバムも1位を獲得。シングルも計6枚が1位に入るなど、英国内では1960年代のビートルズと並び称させるほどのチャート人気を得た。 圧倒的な人気に乗りアメリカ進出も目論むが、芳しい成果は得られないまま終わる。英国でも1974年頃からチャートアクションが鈍り始め、1977年にはポリドールとの契約も切られてしまう。スレイドのサウンドと相通ずる面があるパンク・ロック全盛の時代においては、しばらく低迷を味わうことになる。
1980年、パンクのブームが終わり、NWOBHMの勢いが増すと、スレイド自体も徐々に人気を取り戻し、レディング・フェスティバルでの演奏も高く評価され、再びシングルがチャート上位に顔を出すようになる。
そしてスレイドの復活を決定的にしたのは、1983年にQuiet Riot(クワイエット・ライオット)『Cum on Feel the Noize』をカバーして大ヒットさせたことだった(オリジナルは1973年発表。英国チャート1位)。これによってオリジナルのスレイドへの注目度が上がり、『My Oh My』『Run Runaway』が英国チャートトップ10入り。アメリカでも『Run Runaway』が20位に入り、同地では1970年代を超える成功を収めた。
1991年、(VO)ノディ・ホルダーが体力の限界を感じ脱退したことをきっかけに、23年間の活動を終えた。この間一度もメンバー交代を行わなかった。(Wikipediaより引用)

本作は、Quiet Riot(クワイエット・ライオット)が彼等の曲「Come On Feel The Noise」をカバーして全米No.1ヒットさせた事で、再び脚光を浴びた頃リリースされたアルバム。わけのわからないアルバムジャケットとタイトル”The Amazing Kamikaze Syndrome(神風シンドローム)”でお察しの通り、シリアスなバンドでもメタルバンドでもありません。ノリノリの「Run Runaway」なんてもう、どっかの国の民謡かフォーク・ソングのようです。壮大な名バラード「My Oh My」でチャカッリ点数かせいだり、アナログではB面冒頭のプログレッっぽい組曲でさりげなく実力アピールしたりと、実はなかなかソツのないアルバム構成になっていて、メロディの充実度、クオリティの高さは相当なものです。(だから、なおさらこのジャケットとアルバム・タイトルはなんなんだッつーの)。イギリスのバンドなのに、アメリカン・メロディアス・ハードの香り漂う、隠れた名盤といって支障ないでしょう。

これらの音源は、「八百屋さんの居酒屋やすい」で視聴できます。
http://www.kuromon-yasui.jp/izakaya.htm
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http://www.kuromon-yasui.jp/ordeo.htm