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洋楽/男性VO/ポップス/プログレッシヴ・ロック

Pink Floyd
ピンク・フロイド(イギリス)
The Final Cut

1965年、建築学校の同級生であったロジャー・ウォーターズ(B・Vo)、リチャード・ライト(Kd・Vo)、ニック・メイスン(Dr)の3人は現代音楽に関して論争を交わしたことがきっかけでバンド結成を思いつき、ウォーターズの旧友であるシド・バレット(G・Vo)も加わって、ロンドンでバンドを結成した。メンバーの異動を伴いつつ、当初は「シグマ6」や「メガデス」と名乗っており、その後は「ピンク・フロイド・サウンド」へと改名された。バンド名の由来はバレットがピンク・アンダーソンとフロイド・カウンシルという二人のブルース・ミュージシャンから拝借したもの。最終的にマネージャーの進言によりピンク・フロイドというバンド名に落ち着いた。
1967年、シド・バレット作のシングル「アーノルド・レーン」でデビュー。続くセカンド・シングル「シー・エミリー・プレイ」(当初の邦題は「エミリーはプレイガール」)が全英9位のヒットを記録する。
同年ファースト・アルバム『夜明けの口笛吹き』(当初の邦題は『サイケデリックの新鋭』)をリリースする。このアルバムをレコーディングしていた時、ちょうど隣のスタジオでビートルズが『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』を制作していた。ピンク・フロイドのレコーディングの様子を窺いに来たポール・マッカートニーはバンドの音楽を耳にし、「彼らにはノックアウトされた」と語ったという逸話が残っている。
この時期は名実ともにバレットのワンマン・バンドであり、「ピンク・フロイド=シド・バレット」という状態だった。しかし、バレットは過度のLSD摂取などによって奇行などが目立ち始め、バンド活動に支障をきたし始める。翌1968年には、彼を補う形でデヴィッド・ギルモア(G・Vo)が加入し一時的にフロイドは5人編成となる。バレットはライヴには参加せず、曲作りに専念してもらおうとの目論見だったが、それすら不可能となるほど重症だったため、結局彼はバンドから脱退、4人編成のバンドに戻ることとなった。
バレット脱退後、バンドは方針を転換し、サイケデリック・ロックから脱却して独創性の高い音楽作りを目指すようになる。
1970年『原子心母』を発表。これは全英1位を記録し、また批評家筋からも絶賛されるなど音楽的商業的な成功を収める。
1971年8月には初めて来日、そして1973年3月にコンセプト・アルバム『狂気』を発表する。本作では歌詞をウォーターズが全面的に書き下ろしたバンド史上初めてのものである。フロイドのアルバムに歌詞が掲載されたのはこの『狂気』が初めてだった。ウォーターズはなるべく歌詞の内容が誤解を受けないように腐心。アルバムは発売されるや、シングル・ヒットした「マネー」とともに、初の全米1位を記録するなど全世界で大ヒットを記録、音楽的にも商業的にも大成功を収めて、ピンク・フロイドは一躍ロック・スターダムにのし上がることになった。
1975年に2年ぶりの新作となる『炎?あなたがここにいてほしい』を発表。大ヒットアルバム『狂気』の次作ということで注目されたが、アルバム内容が地味な内容であるとの評判を受け、セールス面では伸び悩んだが、現在ではバンドを代表するアルバムの一つとの評価を受けている。全米・全英ともに1位を記録。この作品でもウォーターズが歌詞を書き下ろしている。以後、フロイドが発表するスタジオ・アルバムはコンセプト・アルバムの体裁となる。
バンドは次第にロジャー・ウォーターズのイニシアチブが強くなっていく。1977年発表の『アニマルズ』はコンセプトアルバムであるが、全5曲中4曲がウォーターズ単独の書き下ろし曲であり、ウォーターズによるリード・ボーカルである。サウンド面でも、それまでの幻想的な面が大きく後退し、またハーモニーのパートが大きく減るなど、よりストレートなロックサウンドとなっていった。歌詞はウォーターズ独特の社会風刺が全面的に扱われている。
そして、1979年11月に2枚組アルバム『ザ・ウォール』を発表。シングル「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール(パート2)」とともに大ヒットを記録した。2枚組全26曲のうち、数曲を除けばほぼウォーターズが単独で作詞作曲を行っている。
バンドの内部では文字通りウォーターズの独裁がますます進み、『ザ・ウォール』のセッション途中でウォーターズはリチャード・ライトを解雇するなど、ますます亀裂が進んでいった。
そして1983年発表の『ファイナル・カット』は、"A Requiem For The Post War Dream by Roger Waters"(ロジャー・ウォーターズによる戦後の夢へのレクイエム)というサブタイトルから伺えるように、ピンク・フロイド名義ではあるが実質的にはウォーターズのソロ作品である。ウォーターズ以外のメンバーであるデヴィッド・ギルモアとニック・メイスンはレコーディング・セッションではウォーターズに乞われたときにしか動かないという状態だった。
ロジャー・ウォーターズは1985年に「ピンク・フロイドは創造性を使い切った」との理由で脱退する。ウォーターズは、バンドのリーダーである自分が脱退したことでバンドの実質的な解散を意図していたが、ギルモアはあくまでもフロイドの活動継続にこだわった。
後に両者はピンク・フロイドの活動を巡り大きく対立し大きな禍根を残すことになる。

ギルモアはメイスンとともにピンク・フロイドの「解散」に強く反対しグループの存続を主張しており、ウォーターズが脱退したのを受けて、自らが指揮を執ってピンク・フロイドの再活動を立ち上げた。
ウォーターズはこのピンク・フロイドの再結成に激怒し、裁判に訴えてフロイドの活動中止を目論む。このため、ギルモアは裁判対策を余儀なくされるが、『ザ・ウォール』に関する権利をウォーターズに譲る、ステージに使われる「豚」の使用禁止、そして楽曲の使用収入の20数パーセントをウォーターズに支払う、などを条件に両者は和解した。この両者の大きな対立はマスコミやファンにとっての格好の注目の的になり、例えばロック雑誌『ローリング・ストーン』がこのピンク・フロイドを特集を組んだ号はその年の同誌の売り上げナンバー・ワンとなった。
こうして、新生ピンク・フロイドは1987年に『鬱』を発表し、さらに大掛かりなツアーを敢行してピンク・フロイドの復活を印象付けた。ウォーターズは『鬱』ならびに新生フロイドを「フロイドの真似事をしただけのニセモノ」と手厳しく非難した。両者は同時期にアルバムを発売し、さらにコンサート・ツアーも行いアメリカではいくつかの都市で両者がバッティングすることがあったが、観客動員や注目度でフロイドの圧勝に終わっている。
ピンク・フロイドは1994年に『対(TSUI)』を発表。同作収録曲「孤立」はグラミー賞ベスト・ロック・インストゥルメンタル部門を受賞。そして再び大規模なコンサート・ツアーに出る。このツアーでは一部公演で『狂気』組曲を1975年以来19年ぶりに演奏している。このライブの模様を収めた『P.U.L.S.E』もリリースしている。しかし、再び沈黙に入る。(Wikipediaより引用)

私が初めてリアルタイムで聴いた彼等のアルバムがこの”The Final Cut”です。結局、ウォーターズ在籍としてもFinalになってしまいましたね。彼がバンドの解散を決意して”The Final Cut”というタイトルをつけたのかどうかは知りませんが・・・。
本作はホント”プロッグレッシブ・ロック”とか”コンセプトアルバム”という言葉が見事にしっくりくる作品です。”ロジャー・ウォーターズによる戦後の夢へのレクイエム”というサブタイトルから伺えるように、ウォーターズの私情、思考、戦争への思い、コンプレックスが反映された彼の、かなり私的なアルバムだそうですが、そんな事気にしないで聴いた方がよさそうです。
”間”を上手く使ったサウンド、アルバム構成、意図的な静けさが聴き手のイマジネーションをくすぐり(必要以上に複雑なアレンジ、アルバム構成、音を詰め込み過ぎる最近のプログレバンドにもぜひ参考にしてほしい)、夜中に一人でヘッドフォンで聴いてると鬱になりそうです。ロックオペラ的な作風に、ウォーターズの”下手うま”なオペラ風のヴォーカルもいい雰囲気だしてます。地味ですが、恐ろしく完成度の高い作品で、今聴いても古さを感じません。(・・・ただ、ロジャー・ウォーターズは個人的に嫌いですが。。。)
洋楽/男性VO/ポップス

David Gilmour
デヴィッド・ギルモア(イギリス)
About Face

デビッド・ギルモア(David Gilmour)は、1968年にプログレッシブ・ロック・バンド、ピンク・フロイドに正式メンバーとして加入。フロイド・サウンドを支えるギタープレイやヴォーカルで活躍する。ピンク・フロイドの他メンバーより2歳年下であるが、元メンバーのシド・バレットとは同い年で、学生時代からの知り合いである。(Wikipediaより引用)

ギタリストのソロアルバムにしては歌心のある作品ですね。大抵バンドのギタリストのソロアルバムって、”普段できない事やろ”ってノリで趣味に走った内容になることが多いのですが、本作は違います。オープニングナンバーの「Until We Sleep」からして聴き応え十分ですし、自己満足のギターソロ・インストナンバーばっかりじゃないのも好印象(もちろんデビッド・ギルモアのブルージーでエモーショナルなギターも十分堪能できます)。参加アーティストも豪華で、ピンク・フロイド(ロジャー・ウォーターズ)の異常な暗さもないのがまたいいです。
「Let's Get Metaphysical」「Near The End」の流れは個人的に好きですね。なかなかの好盤。
洋楽/男性VO/ポップス/プログレッシヴ・ロック

Pink Floyd
ピンク・フロイド(イギリス)
A Momentary Lapse Of Reason

前作『ファイナル・カット』発表後の1985年、ロジャーが正式にピンク・フロイドを脱退。それによってバンドは解散すると見られていたが、デヴィッド・ギルモアとニック・メイスンはバンドの存続を表明。新作のレコーディングに入ることを発表した。
しかし、自分自身こそがピンク・フロイドであると考えていたロジャーはそのことを認めず、「ピンク・フロイド」という名称を使用しないよう訴え、裁判を起こした。結局は、フロイド側がウォーターズ側に対して使用料を支払うこと、『ザ・ウォール』の権利をウォーターズ側が独占的に保有することなどを条件として和解し、ギルモア主導の形でピンク・フロイドが始動することになった。
本作はピンク・フロイド名義ではあるが、多くのサポート・ミュージシャンが参加して制作された。主な顔ぶれは、トニー・レヴィン(ベース)、カーマイン・アピス(ドラム)、ジム・ケルトナー(ドラム)などである。それまでの大作主義やコンセプト思考は捨て、いずれもコンパクトな楽曲が並んでいる。音楽的には1970年代のようなプログレッシブ・ロックへのアプローチが見られる。また、プロデューサーとして名を連ねているボブ・エズリンと『ザ・ウォール』(1979年)以来のタッグを組んでおり、新生フロイドのサウンド・メイキングに貢献している。詞を担当していたウォーターズがいなくなり、バンドのリーダーとなったギルモアが詞も書くことになったが、それまで専門的な形で作詞をしたことのなかったので大いに苦労したのだった。
この時点ではデヴィッド・ギルモアとニック・メイスンの2人がバンドの正式なメンバーだった。リック・ライトはサポート・ミュージシャン名義でツアーに参加している。当時は否定したものの、後にギルモアは当時メイスンとライトはレコードセッションではほとんど演奏しておらず、自分と参加したミュージシャンの演奏によるものだと認めている。
このアルバムからストーム・ソーガソン(ヒプノシス)がピンク・フロイドのジャケット・デザインに復帰。ジャケットの「ベッドの川」は実際に700以上のベッドを川岸に並べたものである。
それまでバンドのリーダーだったロジャー・ウォーターズが抜けたことでファンの間からギルモア主導のフロイドに対して賛否両論が巻き起こった。ウォーターズはこのアルバムを「非常に精巧に作られたピンク・フロイドの贋作」と切り捨てた。しかし、アルバムは全英・全米3位という大ヒットを記録した。アルバム発表後のツアーも成功を収め(後にライブ盤とビデオも発売)好評だったことから追加公演が決定し、1989年までツアーを行った。1988年には3度目の来日公演を果たしている。(Wikipediaより引用)

ロジャー・ウオーターズ脱退後一作目。
バンドサウンドにしても歌詞の内容にしても、ウオーターズのピンク・フロイドのような暗さ、重さ、屈折感は感じられないので、”これはピンクフロイドじゃない”という意見が多いのも当然といえば当然。ウオーターズのアク抜き後のピンクフロイド・サウンドは、デビッド・ギルモアのソロアルバムの延長のような感じで(「On the Turning Away」なんか”About Face”に収録されていても全く違和感なさそう)、まさにデビッド・ギルモアズピンクフロイドという形容がピッタリのアルバムと言えると思います。
まあ、賛否の分かれる新生ピンク・フロイドの第一弾アルバムですが、内容は素晴らしく個人的には大好きです。
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Pink Floyd
ピンク・フロイド(イギリス)
The Division Bell

『対/TSUI』(つい)(The Division Bell)は、1994年に発表されたピンク・フロイドのアルバム。前作の『鬱』以来7年振りの作品で、2007年現在のところピンク・フロイド最後のオリジナル・アルバムである。全英1位、全米1位、日本7位を記録した。
前作に引き続きデヴィッド・ギルモアがリーダーシップを執っている。また、キーボードのリチャード・ライトが正式メンバーとして復帰している(楽曲も提供)。
3人のバンド・メンバーだけでなく、多くのミュージシャンがレコーディングに参加している。また、大半の楽曲に作詞で加わっているポリー・サムスンという女性は、後にギルモアと結婚している。
「コミュニケーションの欠如による対立」というテーマで制作されたコンセプト・アルバムであるが、ロジャー・ウォーターズ抜きの作品のため全体的に地味な印象のアルバムである。それでも1970年代の頃のプログレッシブ・ロックサウンドを取り戻そうとするかのような、奥行きのある音作りがなされている。
日本語版のCD帯の煽り文句は「全人類に対する警鐘!? ベルリンの壁崩壊後、ピンク・フロイドが初めて世に問うものは何か? 全人類待望のニューアルバム。今ここで全てが明らかにされる。」ライナーノーツは伊藤政則。
収録曲「孤立」は、グラミー賞ベスト・ロック・インストゥルメンタル部門を受賞。ピンク・フロイドにとって初のグラミー受賞となった。(Wikipediaより引用)

アルバムタイトルの「THE DIVISION BELL」とは、イギリスの下院議会において議決を行う場合に鳴らされる鐘のことであり、作家のダグラス・アダムスの命名によるものだそうです。本作はオリジナルアルバムとしては、前作”A Momentary Lapse Of Reason”より7年ぶりのアルバム。その間には「PINK FLOYD」の名前の使用権を廻っての裁判沙汰などいろいろとあったようですが、本作はそんなゴタゴタを吹き飛ばすような傑作に仕上がっています。商業的にも全米・全英両チャートでNo.1と数々のシングルヒットを産みだし、7年の歳月をかけて書き溜めたという楽曲はどれも期待を裏切らない出来。本作は過去の作品のような壮大な構想ではありませんし、ウオーターズの”毒”がなくなったピンクフロイド・サウンドには賛否の分かれるところでしょうが、「芸術品」のような神秘性の漂う完成度の高さは素晴らしく、”デビッド・ギルモアズピンクフロイド”の一つの完成形といっても過言ではないと思います。正直、ウオーターズのいないピンクフロイドもかなりいけると思いました。(むしろコッチの方が好きかも。)尚、アルバム・ラストの「High Hopes」は何度聴いても胸がしめつけられそうになる感動曲。PVの映像も素晴らしいのであわせてどうぞ。
洋楽/男性VO/ポップス/プログレッシヴ・ロック

Pink Floyd
ピンク・フロイド(イギリス)
Pulse
ライブ盤
『P.U.L.S.E』(パルス)は、1995年に発表されたピンク・フロイドのアルバム。2枚組のライブ・アルバムで、あまりの豪華さで話題となった。
現在のところ、ピンク・フロイドとしては最後のツアーとなった1994年のアルバム『対』発売後の「The Division Bell Tour」の模様が収録されている。注目は何と言ってもDISC 2で、1973年発表の名盤『狂気』を全曲に渡って再現しているという点。P.U.L.S.E というタイトル自体、『狂気』で印象的に使われた心臓の効果音に因むと思われる。元の作品のコンセプトを主導したロジャー・ウォーターズが不在でありながら、相変わらず高いクオリティの作品に仕上がっている。
初回生産盤はCDケースに発光ダイオードが付いており、半年から1年間は点滅(パルス)し続けるという豪華仕様。ライブでのゴージャスさのみならず、CDそのものも良くも悪くも商業主義を極めたと言える。当然のように全英・全米第1位を記録し大ヒットとなった。(Wikipediaより引用)

これらの音源は、「八百屋さんの居酒屋やすい」で視聴できます。
http://www.kuromon-yasui.jp/izakaya.htm
オーディオシステムに関しましてはコチラ             
http://www.kuromon-yasui.jp/ordeo.htm