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Mr. children
1992-1995
概要

1987年、同じ高校に通う桜井・田原・中川が中心となりバンド「THE WALLS」を結成する。1988年に他のバンドで活動していた鈴木が加入、1989年1月1日にバンド名を「Mr.Children」と改名し、ライブハウス「渋谷La.mama」を中心にアマチュアとして活動。

約3年5ヶ月間アマチュアとして活動した後、小林武史プロデュースのもと、1992年5月10日にミニアルバム『EVERYTHING』でメジャーデビューする。

1993年発売の4thシングル「CROSS ROAD」は、オリコンチャート最高6位にもかかわらずロングヒットを続け、初のミリオンセールスを達成。1994年発売の5thシングル「innocent world」で同チャート初登場1位を獲得、同年の年間シングルチャート1位に輝き、第36回日本レコード大賞を受賞。1994年から1995年に発売したCDは、全てミリオンセールスとなり、メディアに「ミスチル現象」と評された。

しかし、ほとんど休みのない過密スケジュールと、一部メディアやファンによってプライベートまで丸裸にされる環境に疲れ果てたメンバーは、1997年4月から無期限の活動休止期間に入った。その後1年半の休止期間を経て、1998年10月に、15thシングル「終わりなき旅」で本格的に活動を再開。

2001年には、区切りをつけるべく、2枚のベストアルバムを発売し、翌年に10周年を迎えた。 同年、桜井が小脳梗塞を患い、一時はその後のアーティスト生命を危ぶまれたものの、半年の療養を経て24thシングル「HERO」で音楽活動を再開。

2010年現在に至るまでコンスタントに楽曲を発表し、活動を続けている。

詳細

音楽性

ポップサウンドが特徴で、バンドという形態をとりながらも、歌を大切にしており、アマチュア時代から一貫して、桜井がほとんどの曲を作詞・作曲し、小林武史とMr.Childrenが編曲を担当している。ただ、作詞はほぼ桜井1人によるものだが、作曲は必ずしもそうではない。メロディー重視のバラードなどの「歌もの」は、桜井がほとんど1人で作曲するが、サウンド重視の楽曲は、桜井がある程度曲の骨格をつくり、そこからメンバー及び小林と合同で、バンドセッションを繰り返し、完成させる。場合によっては、桜井の作ったデモテープから大幅に変わる曲もあり、クレジット上では、作曲:桜井和寿になっていても、厳密には作曲:Mr.Childrenという色が強い曲もある。曲作りの主な流れは、以下の通り。

桜井が、日常の中でふと浮かんだメロディーを、ICレコーダーなどの携帯記録媒体に録音。
それを元に、ギターやピアノを弾きながら作曲。1997年からは、自宅地下の作曲ルームで、Pro Toolsを使用した、機械的な作曲も行われている。
出来上がった曲に、歌詞をつける。曲のメロディーにつられるように、同時に歌詞が浮かぶこともある。
そのデモテープをスタジオに持ち込み、メンバー及び小林と合同で編曲。メンバーは、自分の担当楽器のパートを音色付けしたり、改良する。小林は、主にキーボード・アレンジとストリングス・アレンジを担当し、場合によっては、桜井に対し一部歌詞の変更を求める。
桜井はエルヴィス・コステロに声質が似ていると度々指摘されていて、桜井自身はそれを意識していなかったが、楽曲を聴いて気に入ったこともあり、「シーソーゲーム 〜勇敢な恋の歌〜」では楽曲、PV共に意識した部分が多々ある。坂本龍一からもコステロからの影響を指摘されている。

ライブ

アルバムを発売した後は、必ずコンサートツアーを行っている。また、それとは別に、1995年から6年毎に、その時期の集大成となるスタジアムツアーも行っている(開催が約束されているわけではない)。1回のライブにおける平均的なデータとしては、曲数は20曲強、公演時間は2時間30分、MCは、桜井が単独で話す場合が多い。MCに割く時間は、1994年から徐々に減り始め、1996年からは、1回のライブで数回行われるMC時間を合計しても15分程度になり、あくまで曲を聴いて欲しい、という姿勢が顕著になっている。ライブ中は、田原と中川はあまり定位置から動かず演奏し、積極的にステージ上を動いて観客を盛り上げるのは、桜井の役目になっている。

名前の由来

「THE WALLS」から「Mr.Children」に改名した日付は、正確には1988年12月末。渋谷のファミリーレストランロイヤルホストに4人が集合し、紙ナプキンに書いて案を出し合った。まず意見が一致したのは在り来たりなTHEから始まる名前はもう止めるということ。当時4人は「チルドレン」という響きを気に入っていて、好きな物にも関連の言葉が多かった。イギリスのバンド「THE MISSION」が1988年に発表したアルバム『CHILDREN』、同じくイギリスのバンド「The Railway Children」、世界中の飢えや貧困に苦しむ子供を写したロバート・キャパの写真集『戦争・平和・子どもたち』など[7]。しかし大人になった時にChildrenのままでは困るので、正反対のMr.を付けた。そして切りが良いという理由で公的な改名日を年明け1989年1月1日に設定した。

名前をつけた当初は響きを重視して深い意味合いを持たせなかったが、メジャーデビュー後に所属事務所から「もっとプレゼンが上手くならないといけない」と言われ、後付けで「大人から子供まで幅広く聞いてもらいたい」という意味を付け足した。小林は、子供っぽいという理由から再度「本当にこのバンド名でいいのか?」とメンバーに念を押したという。

名前の表記

本来Mr.の後には半角のスペースを入れることが常であるが、Mr.Childrenの場合は現在、公的にスペースを入れていない(デビュー当初には一部見られた)。それが意図的なものか、単に誤用が定着したのか、今のところ語られていない。

文字表記についてはMr.Childrenを中心としているが、次いでMR.CHILDREN、mr.childrenという表記の使用もしばしば見られる。アマチュア時代はカセットテープ、参加したオムニバス・アルバム、ライブ告知用のフライヤー、掲載雑誌、所属事務所発行の「御苑プレス」、直筆メッセージ、全てにおいてMR.CHILDRENとして統一表記されているため、アマチュア時代はこちらが正式な表記であったと言える。

しかし、メジャーデビュー作品である『EVERYTHING』では初めて、Mr.ChildrenとMR.CHILDRENの表記(表ジャケットは前者で中ジャケットは後者)、更にMR. CHILDREN(スペース有り)やMr.CHILDRENという表記も混在するかたちになっている。また、それ以降の作品や雑誌などの表記についても、一作品の中でも箇所ごとに表記が異なるものが数多くあり、これらの表記はデザイン(もしくはデザイナーによる判断)であり、作品等のデザイン性に沿った形に柔軟に変化させているとも言える。そのため、使用する際の正式な法則性は無いと考えられ、メンバーおよび関係各社には表記に関する意識はそれほどないことが伺える。

所属事務所やレコード会社が決まり出した頃には、オリジナルロゴも使われていた。1991年7月発売のテープ『MR.CHILDREN』の歌詞カードにはMR.CHILDRENという文字を円状に模ってその中に花を描いたロゴが使われている。しかしこのロゴはすぐに姿を変え、1991年夏頃から1992年のしばらくの間、二重丸の中に小さなギターの絵とMR.CHILDRENと書かれたロゴが一部フライヤーで使われており、この事から当初は大文字表記での統一およびこのロゴでメジャーデビューする意志があったと考えられる。しかし実際にメジャーデビューが直前に迫った1992年春頃からロゴは一切使用されなくなっている。ロゴの作成者は公表されていないため、メンバーがどこまで製作に関わったかは不明。

オリコン記録

アーティスト・トータルセールス(CD総売上枚数):5200万枚以上(2010年6月時点。B'zに次いで歴代2位)
シングル初動売上枚数:120.8万枚(10thシングル「名もなき詩」。歴代1位)
ノンタイアップシングルCD売上枚数:181.2万枚(9thシングル「シーソーゲーム ?勇敢な恋の歌?」。歴代1位)
ミリオンセラー獲得数:シングル10作・アルバム12作(共にB'zに次いで歴代2位)
シングルダブルミリオンセラー獲得数:2作(CHAGE and ASKAと並び歴代1位タイ)
シングル首位獲得数・同連続首位獲得数・同連続初登場首位獲得数:29作(5thシングル「innocent world」から33rdシングル「HANABI」まで。継続中。共にB'zに次いで歴代2位)
シングル連続首位獲得年数:15年(1994年度から2008年度まで。B'zに次いで歴代2位)
シングル返り咲き首位獲得数:3作(5thシングル「innocent world」、6thシングル「Tomorrow never knows」、29thシングル「しるし」。松田聖子、中森明菜、サザンオールスターズと並び歴代1位タイ)。
年間シングルチャート首位獲得数:2作(1994年度「innocent world」、1996年度「名もなき詩」。ピンク・レディー、嵐と並び歴代1位タイ)
年間シングルチャートトップ10獲得作品数:14作(「奇跡の地球」を含む。歴代1位)
年間シングルチャートトップ10連続獲得年数:6年(2003年度から2008年度まで。歴代1位)
男性アーティスト・上半期アルバムチャート首位獲得数:3作(1997年度『BOLERO』、2007年度『HOME』、2009年度『SUPERMARKET FANTASY』。井上陽水と並び歴代1位タイ)
男性アーティスト・ミュージックDVD連続首位獲得数:7作(『wonederful world on DEC 21』から『Mr.Children DOME TOUR 2009 〜SUPERMARKET FANTASY〜 IN TOKYO DOME』まで継続中。嵐、KAT-TUNと並び歴代1位タイ)

来歴

アマチュア時代

1985年
4月、桜井・田原・中川が同じ高校に入学。桜井と中川はすぐに軽音楽部に入部した。
5月、野球部だった田原を桜井が連休明けに軽音楽部に誘い、別のドラマーと女性キーボードを含めた5人組のバンド・Beatnikを結成し、最初はコピーバンドとして練習を重ねていった。
12月、初のオリジナル曲「クリスマスナイト」を製作。以後、少しずつオリジナル曲のレパートリーを増やしていった。

1986年
文化祭でライブを行ったり、音楽コンクールのテープ審査に応募していた。

1987年
12月3日、Mr.Childrenの前身となるTHE WALLS名義でオリジナル曲のみのテープ『ticket』を製作。

1988年
3月、高校を卒業し、大学には進学せずにアルバイトをしながら本格的にプロデビューを目指して活動していく。
4月、吉祥寺のライブハウス・シルバーエレファントに出演。初のライブハウス出演を果たした。この日は対バンに鈴木の所属するバンド・フェアリーランドも含まれており、中学の同級生であった田原・中川・鈴木は久しぶりの顔合わせで、面識のなかった桜井と鈴木の初対面の日でもあった。
10月、コンクールのテープ審査を通過したものの、ライブ審査の前にドラマーが脱退。桜井が審査用の曲が入ったテープを持って鈴木の元を訪れ、ライブ審査当日までという約束でドラムスの代役を頼んだ。しかし、鈴木のテクニックを見込んだ桜井は、後日改めて今後も一緒に音楽をやって欲しいと依頼し、納得した鈴木は掛け持ちしていた全てのバンドを辞め、正式にTHE WALLSに加入。現在の4人での活動が始まった。

1989年
1月1日、バンド名をMr.Childrenに改名。
2月、渋谷La.mamaでの審査に合格し、月1回のペースで昼の部の対バンライブをしていくことが決定。審査をしたのは当時のブッキングマネージャーの中山泰平。
8月、1stテープ『Hello, I Love You』発表。

1990年
5月、2ndテープ『そよ風の唄』発売。
9月21日、Swicthレーベルより発売された2枚組のオムニバスアルバム『MAGIC MELODIES 〜TURN TO THE POP II〜』に参加。
12月24日、渋谷La.mamaにて初のワンマンライブ「X'masトレインに飛び乗れ!」を行い、入場者全員にスペシャル・テープ『19:00発、X'masトレインに飛び乗れ!』を無料配布。トイズファクトリーの当時の専務である稲葉貢一もこのライブを観に来ていた。

1991年
7月、所属事務所がBAD MUSICに決定。しばらく経ってレコード会社がトイズファクトリーに決定。
7月20日、3rdテープ『Mr.Children』発売。そして渋谷La.mamaにて2度目のワンマンライブ「Father & Mother」を開催。前回の動員数を大きく上回った。
11月、JUN SKY WALKER(S)の学園祭ライブのオープニングアクトを務める。この頃、小林と初対面を果たした。
11月15日、JUN SKY WALKER(S)の6thアルバム『TOO BAD』の9曲目「I WANT YOU」にコーラスとして参加。

1992年
2月15日、渋谷La.mamaにて3度目のワンマンライブ「TALKING ABOUT THE POP」を行う。自身初のチケット完売となった。
メジャーデビュー後

5月10日、1stアルバム『EVERYTHING』(ミニアルバム)でメジャーデビュー。
5月25日、日清パワーステーションでデビュー後初のワンマンライブを開催。
8月21日、1stシングル「君がいた夏」発売。
12月1日、2ndシングル「抱きしめたい」と2ndアルバム『Kind of Love』を同時発売。

1993年
7月1日、3rdシングル「Replay」発売。
9月1日、3rdアルバム『Versus』発売。
11月10日、4thシングル「CROSS ROAD」発売。

1994年
1月1日、Mr.Childrenを結成して5周年を迎える。
6月1日、5thシングル「innocent world」発売。
9月1日、4thアルバム『Atomic Heart』発売。
11月10日、6thシングル「Tomorrow never knows」発売。
12月12日、7thシングル「everybody goes -秩序のない現代にドロップキック-」発売。
12月31日、「innocent world」が第36回日本レコード大賞・大賞を受賞。Mr.Childrenは「海外でのPV撮影」という理由で授賞式を欠席しており、日本レコード大賞史上唯一の受賞者欠席での大賞受賞となった。恒例である生演奏も無く、代わりにTBSの別番組で収録した演奏が会場で流された。

1995年
1月23日、サザンオールスターズの桑田佳祐との合同作品として、桑田佳祐&Mr.Children名義でコラボレーションシングル「奇跡の地球」を発売。
4月25日、書籍『【es】 Mr.Children in 370 DAYS』発売。
5月10日、8thシングル「【es】 〜Theme of es〜」発売。
6月3日、東宝系映画『【es】 Mr.Children in FILM』公開。
8月10日、9thシングル「シーソーゲーム 〜勇敢な恋の歌〜」発売。
12月15日、ドキュメンタリービデオ『【es】 Mr.Children in FILM』発売。

1996年
2月5日、10thシングル「名もなき詩」発売。
4月10日、11thシングル「花 -M?mento-Mori-」発売。
6月24日、5thアルバム『深海』発売。
8月8日、12thシングル「マシンガンをぶっ放せ -Mr.Children Bootleg-」発売。
12月25日、書籍『Mr.Children Everything 天才・桜井和寿 終わりなき音の冒険』発売。
1994年から1996年までは、シングルカットである「マシンガンをぶっ放せ -Mr.Children Bootleg-」を除く全てのシングルがミリオンヒットを記録し、メディアでは「ミスチル現象」と言われていた。

1997年
2月5日、13thシングル「Everything (It's you)」発売。
3月5日、6thアルバム『BOLERO』発売。
3月23日、ツアーファイナルとなる28日の東京ドーム公演を最後に活動休止することを発表。
3月31日、恵比寿ガーデンホールでスペシャルライブを開催。
4月25日、ミュージックビデオ集『music clips ALIVE』発売。
5月10日、デビュー5周年を迎える。
9月10日、ドキュメンタリービデオ『regress or progress '96-'97 DOCUMENT』発売。
10月8日、ライブビデオ『regress or progress '96-'97 tour final IN TOKYO DOME』発売。

1998年
2月11日、14thシングル「ニシエヒガシエ」発売。
10月21日、15thシングル「終わりなき旅」発売。活動を本格的に再開した。

1999年
1月1日、Mr.Childrenを結成して10周年を迎える。
1月13日、16thシングル「光の射す方へ」発売。
2月3日、7thアルバム『DISCOVERY』発売。赤坂BLITZでイベントライブを開催。
5月12日、17thシングル「I'LL BE」発売。
9月8日、ライブアルバム(8th)『1/42』(50万枚限定生産)発売。

2000年
1月13日、18thシングル「口笛」発売。
8月9日、19thシングル「NOT FOUND」発売。
9月27日、9thアルバム『Q』発売。
10月1日、ファンクラブ会員限定ライブ「Father & Mother Special LIVE "Q"」を赤坂BLITZで開催。

2001年
4月25日、坂本龍一の呼びかけにより、地雷根絶キャンペーンで結成されたユニット・N.M.L.に桜井が参加し、シングル「ZERO LANDMINE」が発売された。
6月21日、ライブDVD(VHS含む)『Mr.Children Concert Tour '99 DISCOVERY』とDVD化された『regress or progress '96-'97 tour final IN TOKYO DOME』を同時発売。
7月11日、ベストアルバム『Mr.Children 1992-1995』と『Mr.Children 1996-2000』を2枚同時発売。
8月22日、20thシングル「優しい歌」とライブDVD(VHS含む)『Mr.Children Concert Tour Q 2000-2001』を同時発売。
10月9日、さいたまスーパーアリーナで開催された「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ」に桜井・田原・小林がユニット・Acid Testを結成して出演。ジョン・レノンの楽曲「Mother」をカバーした。
11月7日、21stシングル「youthful days」発売。
11月27日、書籍『Mr.Children詩集「優しい歌」』発売。
12月14日、チャリティーとして、「Mother」を改めてスタジオ録音したものを2002年1月31日までダウンロードのみの期間限定で発売。

2002年
1月1日、22ndシングル「君が好き」とライブDVD(VHS含む)『MR.CHILDREN CONCERT TOUR POPSAURUS 2001』を同時発売。
5月10日、10thアルバム『IT'S A WONDERFUL WORLD』発売。デビュー10周年を迎える。
7月10日、23rdシングル「Any」発売。
7月、桜井が小脳梗塞で入院し、約半年間、音楽活動を中断する事態となった。そのため、アルバム『IT'S A WONDERFUL WORLD』の発売に伴ったツアーを当初行う予定だったが、全公演を中止することになった。
12月11日、24thシングル「HERO」発売。
12月21日、横浜アリーナにて復活ライブを一夜限りで行った。

2003年
3月26日、ライブDVD『wonederful world on DEC 21』発売。
11月19日、25thシングル「掌/くるみ」発売。

2004年
1月1日、Mr.Childrenを結成して15周年を迎える。
1月、Bank Bandを小林と桜井を中心に結成し、活動を始める。
4月7日、11thアルバム『シフクノオト』発売。
5月26日、26thシングル「Sign」発売。
12月21日、ライブDVD『Mr.Children Tour 2004 シフクノオト』発売。
12月31日、「Sign」が第46回日本レコード大賞・大賞を受賞。1994年の「innocent world」以来、10年ぶり2度目の受賞となり、グループとしては史上初の複数回受賞を達成し、授賞式にも出席した。

2005年
6月29日、27thシングル「四次元 Four Dimensions」発売。
7月16日から18日にかけて、「ap bank fes '05」に出演。この夏は多数の野外フェスに出演した。
9月21日、12thアルバム『I U』発売。

2006年
3月17日、「SPACE SHOWER Music Video Awards 06」で、「特別賞」を受賞。
5月10日、ライブDVD『MR.CHILDREN DOME TOUR 2005 "I U" 〜FINAL IN TOKYO DOME〜』発売。
7月5日、28thシングル「箒星」発売。
7月15日から17日にかけて、「ap bank fes '06」に出演。
8月27日、桜井と親交が深く、1995年にコラボレーションシングル「奇跡の地球」を発売したサザンオールスターズの桑田佳祐の呼びかけにより、「THE 夢人島 Fes.2006」に参加。
9月26日の名古屋公演から全国のZepp6会場にて、かねてから親交のあったthe pillowsと共に対バンツアーを行った。
11月15日、29thシングル「しるし」発売。

2007年
1月24日、30thシングル「フェイク」(40万枚限定生産)発売。
3月14日、13thアルバム『HOME』発売。
5月5日、鈴木が福岡公演終了後の食事の席で誤って換気扇に左手を挟み、人差し指を4針を縫う怪我をし、5月12日・13日の札幌公演を6月22日・23日に延期する事態となった。
5月10日、カップリング集アルバム(14th)『B-SIDE』発売。デビュー15周年を迎える。
7月16日、「ap bank fes '07」に出演。本来は7月14日から16日までの3日間に出演する予定だったが、14日と15日の公演が台風の接近により開催中止となったため、16日のみの出演となった。
10月31日、31stシングル「旅立ちの唄」発売。
11月14日、ライブDVD『Mr.Children "HOME" TOUR 2007』発売。

2008年
5月31日、埼玉スーパーアリーナで行われた「VIDEO MUSIC AWARDS JAPAN 2008」に桜井と小林がサプライズ出演し、U2のボーカル・ボノに「Rock The World Award」を授与された。
7月19日から21日にかけて、「ap bank fes '08」に出演。この夏は2005年と同様に多数の野外フェスに出演した。
7月30日、32ndシングル「GIFT」発売。
8月6日、ライブDVD『Mr.Children "HOME" TOUR 2007 -in the field-』発売。
9月3日、33rdシングル「HANABI」発売。
10月1日、配信限定シングル「花の匂い」着うた配信開始。
11月1日、配信限定シングル「花の匂い」着うたフル配信開始。
12月10日、15thアルバム『SUPERMARKET FANTASY』発売。
12月31日、NHK紅白歌合戦に「GIFT」で初出場。

2009年
1月1日、Mr.Childrenを結成して20周年を迎える。
3月12日、桜井が風邪による喉の不調を訴えたため、当日行われる予定だった名古屋公演を8月6日に延期する事態となった。
7月18日から20日にかけて、「ap bank fes '09」に出演。
11月11日、ライブDVD『Mr.Children Tour 2009 ?終末のコンフィデンスソングス?』発売。
11月16日、配信限定シングル「fanfare」着うた配信開始。
12月2日、配信限定シングル「fanfare」着うたフル配信開始。

2010年
5月10日、ライブDVD『Mr.Children DOME TOUR 2009 〜SUPERMARKET FANTASY〜 IN TOKYO DOME』発売。
(Wikipediaより引用)

『Mr.Children 1996-2000』(ミスターチルドレン - )は、Mr.Childrenが日本で発売した初のベストアルバムの後期版。2001年7月11日にトイズファクトリーより発売。前期版である『Mr.Children 1992-1995』と2枚同時発売。

概要

そのジャケット写真から通称「肉」と呼ばれる。これはファンが勝手につけた呼び名ではなく、CMなどで公式に使われていたものである。ジャケット写真のサイは、千葉県にある市原ぞうの国にいたダイスケ(2004年に他界)である。

「ベストアルバムは出さない」とかねてから発言していたMr.Childrenがベストアルバムを発売するとあって、発売前から話題となった。それまでに発売されたシングル、アルバムからバランスよく選曲されている。

新曲やアルバム未収録曲は全く収録されなかった。これに関連して桜井が「本当はB面集や裏ベスト的なものも作りたかった。」といった趣旨の発言をしていることから、裏ベストの企画もあったものと思われる。その後、デビュー15周年となる2007年5月10日にそれまでの全てのアルバムに未収録だったシングルのB面のみを集めた『B-SIDE』が発売された。

基本的にシングル曲はシングルバージョンでの収録だが、「Tomorrow never knows」のみアルバム『BOLERO』のバージョンで収録されている。

歌詞カードに事細かなライナーノーツが付いている。初回出荷分は歌詞カード(特に年表の部分)に誤植が多く、希望者には正しい歌詞カードを送るという措置がとられた。
(Wikipediaより引用)
Mr. children
1996-2000
『Mr.Children 1996-2000』(ミスターチルドレン - )は、Mr.Childrenが日本で発売した初のベストアルバムの後期版。2001年7月11日にトイズファクトリーより発売。前期版である『Mr.Children 1992-1995』と2枚同時発売。

概要

1992-1995が通称「肉」だったのに対し、こちらは通称「骨」と呼ばれる。2作のベストアルバムのCMでは、それぞれのPVを流す2バージョンの他、白木みのるがMr.Childrenの5人目のメンバーとして出演するバージョンが3つある。

また、このベストアルバムを購入した人には、店頭にて先着で★マーク付ピック型のクジを引くことができ、A賞からE賞の景品がもれなく当たった。肉と骨それぞれ別にクジがあり、同時購入でなくてもクジは引ける。しかし先着だったため、ほとんどの店は数日中にクジは終了してしまった。景品の内容は、A賞★★★★★:トートバッグ、B賞★★★★:マウスパッド、C賞★★★:CDキャリングケース、D賞★★:携帯ストラップ、E賞★:缶コースター。

この作品において、シングル作品としては「I'll be」(シングルバージョン)、「マシンガンをぶっ放せ」は未収録となっている。「I'll be」(シングルバージョン)はどのアルバムにも収録されていないため、現時点で同曲を入手するには8cmシングルを購入する以外に方法はない。どちらもシングルカットの作品であり、当時の他のシングルと比べると売り上げが伸び悩んでいた。

ほとんどの曲が初出の順番に並んでいるが、「終わりなき旅」と「光の射す方へ」、「つよがり」と「口笛」、「NOT FOUND」の所は順番が入れ替わっている。 これは制作時期の順に並んでいるためである。
(Wikipediaより引用)
Mr. children/
2001- 2005
Mr. children/
2005-2010

これらの音源は、「八百屋さんの居酒屋やすい」で視聴できます。
http://www.kuromon-yasui.jp/izakaya.htm
オーディオシステムに関しましてはコチラ             
http://www.kuromon-yasui.jp/ordeo.htm