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洋楽/男性VO/ポップス

Howard Jones
ハワード・ジョーンズ(イギリス)
Humans Lib(かくれんぼ)
1作目
ハワード・ジョーンズは1980年代に隆盛したエレクトリック・ポップ、テクノポップの代表的アーティストである。
イングランドのサザンプトン出身。7歳からピアノを弾きはじめた。家族の仕事の関係で、隔年でイギリスとカナダを往復する生活であり、友達がなかなかできず、音楽にのめり込んで行ったという。その後、ミュージシャンとして成功する夢を抱くようになり、十代の頃からバンド活動を始め、主にプログレッシブ・ロックを演奏していた。パンク・バンドに入っていたこともある。王立北部音楽院でクラシックを専攻したものの中退し、工場の労働者やピアノの講師などをしながら地道な音楽活動を続けた。1983年、WEAレコードとメジャー契約にこぎつけ、デビューする。
1983年10月、シングル「ニューソング」でデビューし全英3位の大ヒットとなる。さらに、「ホワット・イズ・ラブ」、「かくれんぼ」とヒット曲を連発した。翌1984年3月、ファースト・アルバム「ヒューマンズ・リブ」を発表、同アルバムは全英1位に輝いた。当時最先端のデジタルシンセサイザーを駆使しながら、決して尖らずポップで親しみやすいサウンドを作り出し、第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの波に乗って世界中で人気を博す。日本でもアイドル的な人気があった。
1985年3月、セカンド・アルバム「ドリーム・イントゥ・アクション」を発表した。それに先駆けて発売されたシングル「オンリー・ゲット・ベター」は、アメリカのチャートでも第5位のヒット、また同アルバムからのシングルカット曲「悲しき願い」(フィル・コリンズとの共演)はアダルト・コンテンポラリー・チャートで1位に輝いた。英米両国で人気を博すミージュシャンであり、ライヴエイドにも参加した。なお、ローリング・ストーン誌で1986年度のベスト・キーボード・プレーヤーに選出された。
初期のライブは、ハワードが一人でシンセサイザーを演奏し、パントマイムダンサーのジェド・ホイルがパフォーマンスを繰り広げるというものであった。1984年暮れの全英ツアーあたりから、ドラムにトレバー・モレイス、ベースに弟のマーティンを迎えるなど、バンド編成になった。1984年7月にはプロモーションのために初の来日、同年9月には日本で初ライブを行っている。なお、NHKホールでのライブは、ビデオ「ハワード・ジョーンズ・イン・ジャパン」として発売された。その後も1985年8月、1986年12月(「ジャパン・エイド」出演のため)、1987年6月、1989年8月、1994年1月-2月としばしば日本を訪れてライブを行っている。2008年9月、14年ぶりに来日し、東京や大阪、福岡でライブを行った。
1986年10月発売のサード・アルバム「ワン・トゥ・ワン」あたりからセールスが落ち始め、1993年のベスト・アルバム「ベスト・オブ・ハワード・ジョーンズ」の発売後にメジャー契約が打ち切られた。その精神的なショックから仏教徒に改宗。以降のアルバムは主に自身が主宰するDtoxレーベルからリリースし、現在も地道に活動を続けている。なお、音楽的には、1989年のアルバム「クロス・ザット・ライン」まではテクノポップ路線、1992年のアルバム「イン・ザ・ランニング」以降はピアノやギターといった生の音を重視したアコースティク路線に大別される。
2001年7月から9月まで、リンゴ・スターのオール・スター・バンドの一員として、ツアーに参加した。2003年9月20日、ロンドンでデビュー20周年の記念コンサートを開き、デビュー当時の古い機材を使用したレトロ・セット、ピアノ演奏を主としたアコースティク・セットを含む、四部構成の長時間にわたるライブを敢行した。ジェド・ホイルとも久しぶりに共演し、パフォーマンスを繰り広げた。(Wikipediaより引用)

本作は1984年発表。
ハワード・ジョーンズは、一人で全音楽を構築するスタイルの元祖的存在。初期のライブでは、たった一人で機械の壁に囲まれ、すべての演奏こなす、”シンセ使いの魔術師”とまで言われた人です。
このアルバムは80年代に大流行したシンセ使いまくりの典型的なテクノポップの名作です。今聴くとこのピコピコしたシンセ・サウンドやデジタル・ビートがちゃちく感じてしまいますが、当時は最先端でした。ただ、この人の書く曲は、 大ヒットした「New Song」「What is Love」に代表されるように、時代を越えたメロディ・ラインの美しさがあります。テクノ・サウンド特有の無機質な音色のなかにも人間味や暖かさを感じてしまいます。このアルバムの曲ではないですが、「Everlasting Love」は今でもたまに聴きたくなる名曲(後にリメイクされたアコ−スティック・バージョンも最高!)。彼のソング・ライティング能力の高さは当時、イギリスで第二のエルトン・ジョンともてはやされたほどでした。
日本ではこのアルバムのみの1発屋のイメージが濃いですが、1985年発売の2nd”Dream Into Action”はアメリカでもヒット。まずまずの好セールスを記録しています。ところが、1986年発売の3rd”One To One”は内容の充実した好盤として評価は高かったもののセールスはイマイチ。1993年6月発売のベストアルバム”Best Of Howard Jones”発売後にメジャー契約を打ち切られてしまいます。その後、ハワード・ジョーンズは1992年のアルバム「イン・ザ・ランニング」からアコースティク路線に切り替え、現在も地道に活動を続けているようです。世間一般には「New Song」のイメージがだけが濃いですが、もっと懐の深いアーティストだと思います。

これらの音源は、「八百屋さんの居酒屋やすい」で視聴できます。
http://www.kuromon-yasui.jp/izakaya.htm
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