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邦楽/男性VO/ポップス

浜田省吾(日本)
PROMISED LAND
〜約束の地〜
9作目
浜田 省吾(はまだ しょうご)は、広島県生まれ。1975年、愛奴のメンバー(ドラムス)としてプロ・デビュー、吉田拓郎の全国ツアーのバック・バンドとして参加した。デビュー時からサングラスがトレードマーク。1976年にアルバム『生まれたところを遠く離れて』とシングル「路地裏の少年」でソロデビュー。ロック志向の自身にとっては不本意ながら、予算の都合上、生ギター1本のスタイルで全国ライブ巡業を開始。直後に矢沢永吉のフィルムコンサートの前座を務めた。また、竹内まりやとジョイント・コンサートも行っている。他にも歌わせてもらえる所ならどこでも、レコード店の店頭はもちろん、スーパーマーケットの催し、果ては演歌の流しのようにバーのカウンターの中でも歌たった。
デビュー後数年間は、事務所からの方針により自らが目指す方向性を屈折させられ逡巡していた。その為、初期の頃は自分の生き方そのものへの懐疑を投げかけた楽曲が多く存在する。一般的に認知されているバラード楽曲の他にも父親の被爆体験から、日本や戦争を歌った楽曲も数多く存在し、いわゆるビッグネームの中では最もプロテスト色の強いアーティストである。また、ロック=英語という既成概念に疑問をもち、日本語による歌詞や歌唱にこだわった。このことは、以降のミュージシャンにも大きな影響を与えた。
山口百恵、和田アキ子、能瀬慶子、甲斐よしひろ、松田優作、時任三郎、吉田栄作、榊原郁恵、真田広之、烏丸せつこ等、ホリプロ所属時代に多くの楽曲を提供している。

PROMISED LAND ?約束の地は、1982年に発売された。本作は、『Home Bound』『愛の世代の前に』から続く3部作の完結作である。浜田がホリプロ時代に作成した最後のアルバムでもある。浜田本人が「父親の棺の中に入れたアルバム」と語るほどの自信作であった。アルバム発表時には観念的になりすぎたことを危惧していたが、時が経って冷静に聴くようになってからは自分でも評価できるようになったという。1996年のアルバム『青空の扉』を発売するまでは、キャリアの中で頂点に立つアルバムと語っていた。「マイホームタウン」や「僕と彼女と週末に」に象徴される社会派としての色合いが濃い作品。「FLAMMABLE」と書かれた核弾頭の前に佇む浜田の姿が示すように、反核の思想が強く表現されている。Mr.Childrenの桜井和寿も大きな影響を受けたアルバムであり、Bank Bandとしてアルバム『沿志奏逢』の中でこの2曲をカバーしている。なお、本作から浜田のアルバムはCD盤も発売されている。(Wikipediaより引用)

アルバムはオープニングの水谷公生作の感動的なインストナンバー「OCEAN BEAUTY」から、工業地帯の端に造成された新興住宅街”希望ヶ丘ニュータウン”でれ生育った少年を歌った「マイ・ホーム・タウン」へと続き、ラストを飾る公害をテーマにしたラヴ・ソング「僕と彼女と週末に」で見事に完結しています。歌詞の内容はダーティーなものが多く、独特の世界観を作り上げていますが、基本的にはラブ・ソングです。「愛しい人へ」「凱旋門」等のバラードの出来が素晴らしいですね。せっかくなので、歌詞を一部抜粋したのでどうぞ。

俺はこの街で生まれ 16年教科書をかかえ
手にしたものは ただの紙切れ
同じ様な服を着て 同じ様な夢を見て
瞳の中 少しずつ死を運び込むような仕事に追われている
今夜 誰もが夢見ている
いつの日にか この街から出ていくことを
「マイ・ホーム・タウン」

週末に僕は彼女とドライブに出かけた。
遠く街を逃れて、浜辺に寝転んで、
彼女の作ったサンドイッチを食べ、ビールを飲み、
水平線や夜空を眺めて、僕らはいろんな話をした。
(中略)
あくる日、僕は吐き気がして目が覚めた。
彼女も気分が悪いと言い始めた。
それで僕らは朝食を取らず、浜辺を歩くことにした。
そして、そこでとても奇妙な情景に出会った。
数え切れないほどの魚が、波打ち際に打ち上げられてたのだ。

いつか子供たちにこの時代を伝えたい
どんなふうに人が希望を継いできたか・・・

「僕と彼女と週末に」
邦楽/男性VO/ポップス

浜田省吾(日本)
Sand Castle
10作目
Sand Castle(サンド・キャッスル)は、1983年に発売された。浜田がホリプロを離れて「ROAD&SKY」に移籍し作成した初のアルバムである(オリジナルではない)。本作は、2003年までに4作発売されているセルフカバー・バラード・セレクションの第1段である。アルバムのテーマは「20代の若い恋人達の甘く切ない恋の物語」である。アレンジは全曲佐藤準が担当した。
同じセルフカバー・バラード・セレクションのシリーズの位置付けとしては、10代の『EDGE OF THE KNIFE』の次、30代の『Wasted Tears』の前という位置である。
本人によると「『LOVE TRAIN』や『Illumination』には、音が悪く、ボーカルもすごい稚拙だが、楽曲としては良いものが沢山あり、それはその頃の自分にしかもう書けないタイプの曲で、そういう曲を集め、ひとつのラブソングのトータル・アルバムを作ろうと思った。"ベスト・オブ〜"の様なアルバムではなくて。ある意味でははじめてプロフェッショナルっぽいアルバムで、誰でも聞けるというポピュラリティのあるスタンダードな感じのアルバムで、時代の音ではなく長く聞けるようなサウンドでその通りの音になり、代表作のひとつになった」と解説している。
本作のヒットにより「バラードの浜省」という認知度が高まった。(Wikipediaより引用)

ホント、このアルバムで”バラードの浜省”のイメージがついちゃいましたね。ベスト盤なのに、なぜかひとつの作品のような錯覚に陥るほどの力作。アレンジ・センスとサウンド・プロダクションの良さで、過去の名曲が見事に息を吹き返しました。この”バラード・シリーズ”は4作まで作られていますが、本作が一番いいです。ダントツにいい。ベスト盤といわずに一つの作品として評価していただきたい。名作です。
邦楽/男性VO/ポップス

浜田省吾(日本)
J,BOY
12作目
『J.BOY』は、1986年に発表された2枚組アルバム。浜田にとって初のオリコン・チャート第1位を獲得した記念すべき作品。タイトル・トラック「J.BOY」に代表されるように、社会派としての色合いが濃い作品である。一方で「もうひとつの土曜日」や「想い出のファイヤー・ストーム」、「19のままさ」等の代表的なラブソングも収録されており、音楽的な幅の広さを感じさせる作りになっている。「A NEW STYLE WAR」や「八月の歌」では、政治的テーマに正面から取り組んでいる。「BIG BOY BLUES」の歌詞に出てくる「彼=日本」「彼女=アジアの国々」であると語っており、戦後日本の在り方を捉えた楽曲が多い。
全体的に「日本とアメリカ」というテーマが感じられるが、こうしたテーマは浜田作品の根底にあるものである。また、当時バブル景気に浮かれていた日本を、少し距離を置いて冷静な視線で見つめている。これらの重要なテーマは、次作『FATHER'S SON』に引き継がれていく。
ちなみにタイトルの「J.BOY」とは浜田自身の造語であり、「Japanese boy」の意味である。まだJRやJ-POP、Jリーグという言葉の無かった時代のことであった。(Wikipediaより引用)

浜田省吾の最も油の乗り切った頃の作品。(今作以降がダメという意味じゃないですよ。)露出をかたくなに拒み、自ら多くを語らない彼のアーティストとしての姿勢に、当時多くのリスナーやアーティストが感銘を受けましたね。Bruce Springsteenへの憧れ、アメリカン・ロックへの憧れか、反動がジャパニーズ・ロックの名作を作り上げました。

これらの音源は、「八百屋さんの居酒屋やすい」で視聴できます。
http://www.kuromon-yasui.jp/izakaya.htm
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