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洋楽/男性VO/HM・HR/ハード・コア

Bullet For My Valentine
ブレット・フォー・マイ・ヴァレンタイン(ウェールズ)
Bullet For My Valentine

Bullet For My Valentine(ブレット・フォー・マイ・ヴァレンタイン)は1998年に結成され、12 Pints of my Girl Friends Blood、Jeff Killed John、Opportunity in Chicagoといったバンド名を経て、2003年からブレット・フォー・マイ・ヴァレンタイン(BFMV、B4MVと略される場合がある)として活動して、エモーショナル・ハードコアと呼ばれる一連の若手バンドたちと同系列で扱われることが多いが、彼等はこれに対し難色を示しているらしい。
2004年に本国イギリスで発表した本ミニ・アルバムは高い評価を受け、2005年のデビューアルバム『ザ・ポイズン - The Poison』がスマッシュヒット。一躍若手人気バンドとなった。
アルバム発売前にもかかわらず参加したサマーソニックでのライブが好評だったことで、日本でも急速に認知されつつある。しかし『ザ・ポイズン』の成功の影でマシュー・タック(Vo, G)は扁桃腺を痛め、新しいボーカルを迎える案が出るほどの状態にまで追い込まれ、ツアーの延期、ニューアルバムの発売延期に見舞わる。手術は成功したが、その後のコンサート、音源ではマシューの声は以前と少し異なるものへとなり、スクリームする歌唱法が減る。その為ライブではかつてスクリームしていた部分をベーシストのジェイソンが担当する事が多くなった。
2008年、それらの紆余曲折を乗り越えてニューアルバム『スクリーム・エイム・ファイア - Scream Aim Fire』が発売される。本作は発売後すぐに前作『ザ・ポイズン』のセールス記録を大幅に塗り替える作品となった。(Wikipediaより引用)

キルスイッチ・エンゲイジといい、このブレット・フォー・マイ・ヴァレンタインといい、こういうボーカル・スタイルって今、流行ってるのかな?クリーン・ボイスでメロディ・ラインを歌ってサビメロをデス・ボイスってパターンですね。このエモ風のクリーン・ボイスのパートで好き嫌いが分かれそうですが(メタラーの方には抵抗あるかも)、ツイン・ギターの美旋律と小気味良いリフといい、アグレッシヴで正確なドラムといい、演奏レベルは高く、どの曲にも印象的なメロディが封じ込まれています。いやはや新人にしてこの表現力は脱帽。トリビアムと並んで若手HM/HRのブライテスト・ホープです。
洋楽/男性VO/HM・HR/ハード・コア

Bullet For My Valentine
ブレット・フォー・マイ・ヴァレンタイン(ウェールズ)
Scream Aim Fire
2作品
本作は2008年発表(全英5位、全米4位)。

やっぱりこのボーカルとメロディのキャッチーさで好き嫌いが分かれるところです(コアなメタラーには抵抗あるだろうし、「Hearts Burst into Fire」なんかは一般リスナーにも支持されそう)。今作は、全体を通してメロディを重視した非常にキャッチーな出来になっていて、彼等のメタルというジャンルにこだわらない柔軟な姿勢が感じられます。バンド・サウンドが軽くて軟弱な方へ向かわないのは、エッジのきいたバックの演奏力のおかげでしょう。楽曲の良さはもちろん、曲作りの上手さ、まとめ方は見事。キャッチーかつメロディックなギターフレーズも効果的に配されていていますが、疾走感・ヘビネスも失ってはいません。やはり歌メロでの肝心のボーカルの弱さがネックか。バンドはより音楽的広がりを見せ、着実にビックバンドへと成長しております。
洋楽/男性VO/HM・HR/ハード・コア/ミクスチャ

Machine Head
マシン・ヘッド
Supercharger
4作目
80年代後期から90年代初期にかけて活動していたスラッシュ・メタル・バンド、VIO-LENCEのメンバーとして活動していたロブ・フリンが中心となって結成したバンドが、このMACHINE HEADだ。彼らが始めて制作したデモ音源が幸運にもROADRUNNER RECORDSの手に渡り、同レーベルとの契約を獲得、1994年に世界的に高い評価を受ける1stアルバム『バーン・マイ・アイズ』でデビューを飾る。このデビュー作品はSLAYERMETALLICAといったメンバーからの称賛を受け、また発表後17ヶ月にも及ぶワールド・ツアー(SLAYERとの5ヶ月に渡るツアーも含む)で、世界中のメタル・ワールドのその名を知らしめる事となった(95年には初来日公演も実施)。
その後、1997年に2nd『ザ・モア・シングズ・チェンジ』を発表。この作品でMACHINE HEAD特有のワイルドなヘヴィ・サウンドを全面に押し出し、またOZZFESTへの参戦を含むツアーで、彼らはまた最大のライヴ・バンドである事も世界中に証明する事となる。99年に発表した3rdアルバム『ザ・バーニング・レッド』は、彼らの持ち味であるアグレッシヴかつヘヴィなサウンドにモダンな要素を取り入れ、新境地を確立、その人気を確固たるものとした。翌2000年には3度目の来日公演も行っている。
4th『スーパーチャージャー』(2001年)では音楽的にも新たな領域に足を踏み入れ、貪欲までにヘヴィネスの要素を吸収していった作品となったのだが、不幸にもアルバム発売直前に、あの忌まわしき9.11の悲劇、同時多発テロが勃発、全米の人々の心を打ち砕いたこの事件のため、ラジオやテレビから一切ヘヴィなものは締め出されてしまい、バンドは自由に身動きの取れない状況になってしまう。しか他の国々ではその意欲的かつ彼ら独自のスタイルを貫いたアグレッシヴさは絶賛され、ヨーロッパ各国で行われたフェスティバルへの参加など積極的に活動していった(日本でのBEAST FEAST参戦もこの時期だった)。ヨーロッパを中心とした長いツアーを終えた後、バンドはそのツアーの模様を収録した初のライヴ・アルバム『ヘルアライヴ』を発表する。このライヴ・アルバムを発表した時点でロードランナーとの契約が終了。
その後バンドはレーベル探しを続けるのだが、最終的にUSを除くテリトリーでROADRUNNERと契約を新たに交わし、新たなる幕開けの時を迎える。そしてセルフ・プロデュースという形で制作された5th『スルー・ジ・アッシュズ・オヴ・エンパイアーズ』を2003年に発表、新たに生まれ変わり、よりヘヴィになったそのサウンドは世界中で大絶賛を受ける。その内容に感銘を受けたROADRUNNER USもすぐさまバンドと契約を結び、2004年にUSでも最新作を発表、ビルボード・チャート88位に初登場でランク・インというバンド史上最高位を獲得、3度のUSツアー、2度のヨーロッパ・ツアー、各国のフェスティヴァルに出演するなど、今まで以上に積極的な活動を行い、その名をシーンに轟かせていった。 (Roadrunner Records 日本より引用)

ラップメタルですね。バンドサウンドはスラッシュメタル寄りなのですが、疾走感や勢いで聴かすタイプではないです。うねるようなギターのリフとグルーヴ感がなんともいえず気持ちいいです。ラップから呟き、囁き、絶叫まで歌いこなす(VO)ロブ・フリンの表現力は素晴らしい。ラップとか気にしなくて聴くと結構オーソドックスなスラッシュメタル、コアメタルそのものかもしれません。ミクスチャー、ラウドロック好きの人にもおすすめ。曲数が多すぎるかな、ちょっと聴き疲れしました。
洋楽/男性VO/HM・HR/メロデス

All That Remains
オール・ザット・リメインズ(アメリカ)
The Fall of Ideals
3作目
アメリカはマサチューセッツ出身のメタルコアバンド。元SHADOWSFALLのヴォーカリスト、フィリップ・ラボンテl率いる彼等の3rdアルバムです。マサチューセッツのメタルコアといえばKillswitch Engageを連想しますが、プロデュースはまさにそのKillswitch Engageのアダム・デュトキエビッチ(Unearth等を手掛ける)で、エンジニアには元Soilworkのピーター・ウィッチャーズだそうです。サウンド的にもその傾向ですね。Bullet For My Valentineあたりが好きな人なら確実にはまります。
クリーンパートからデスシャウトまで目まぐるしく使い分けるフィリップ・ラボンテのヴォーカルは素晴らしいです。それに重厚でヘヴィなツインギターと、高速パートからミディアムパートまで完璧にこなすダブルベースドラム、リズム隊とが上手くシンクロしています。バラエティ豊かな楽曲とソングライト・アレンジ能力の高さで最初から最後までダレずに聴けますね。メロディアスでありながらスリリングな緊張感も保っています。1曲目で、映画「SAW3」のエンディング・テーマに使用された「This Calling」以降たたみかけてくるアルバム前半の勢いは圧巻です。
今後、北欧のメロデス系と彼等のようなハードコア系メタルバンドの融合がさらに活発に行われて行くでしょう。逆にブームに乗っただけの偽者バンドと本物バンドとは、確実に淘汰されていくのではないでしょうか。現在彼等はSHADOWSFALLやKillswitch Engageのような先行組にも迫る勢いで人気を拡大しています。
洋楽/男性VO/HM・HR

Black Tide
ブラック・タイド(アメリカ)
Light From Above
1作目
2004年に結成された、アメリカはフロリダ州とマイアミ出身のメタル・バンド。
2006年に出演したミュージックフェスで、たった3曲演奏しただけでレコード会社から問い合わせが殺到したそうで、驚異の若手バンドとして話題となりました。 メンバー全員が10代で、なんとフロントマンのVO,G担当ガブリエル・ガルシアに至っては14歳!だそうです。さらに驚きなのはやっている音楽がMOTLEY CRUE、GUNS N'ROSES、DEEP PURPLEを連想させるモロ80年代正統派HR/HMの音。80年代には産まれてないメンバーばかりなのにNWOBHMや、LAメタルの香り漂う純ハードロックの王道を行く音なのです。現代メタラーから見れば「ダサイ」と言われてしまうのだろうか、流行にとらわれずにこういうの、若いバンドがやってくれるのは素直に嬉しい事です。 哀愁漂う泣きの歌メロと弾きまくるギター・ソロ、14歳VOガブリエルのハスキーなヴォーカル。 80年代メタルが好きな方と若いメタラーの方にぜひ聴いて欲しい1枚です。
METALLICAの“HIT THE LIGHTS”のカヴァーもなかなかいいですし、なにより「Warriors of Time」のアコースティックギターのイントロは感動・鳥肌モノ(前奏だけ名曲、お笑いでいう出おち?)あと、キラーソングがもう1、2曲あったらなぁ・・・。BULLET FOR MY VALENTINEとならんで今後がおおいに期待できる若手バンド。ぜひこの路線でがんばってほしいです。。。
洋楽/男性VO/ロック/スクリーモ

Story Of The Year
ストーリー・オブ・ザ・イヤー(アメリカ)
In the Wake of Determination
2作目

ストーリー・オブ・ザ・イヤーは1995年にセントルイスにて結成されたロックバンドである。現在のメンバーはダン・マーサラ(ボーカル)、ライアン・フィリップス(ギター)、フィリップ・スニード(ギター・コーラス)、アダム・ラッセル(ベース)、ジョシュ・ウィルズ(ドラム)である。元々はビッグ・ブルー・モンキーズと名乗っていたが、同名のブルースグループがすでに存在していることを知り、2001年に現在のバンド名に改名した。

バンドがメジャーレーベルからデビューし、"Until the Day I Die""Anthem of Our Dying Day"などのヒットシングルを含むアルバム"Page Avenue"が商業的成功を収めるまでに結成から8年の時を要した。2005年には2枚目のアルバムとなる"In the Wake of Determination"をリリースするも、前作ほどの成功を収めることはできなかった。2008年にはエピタフ・レコードから3枚目のアルバム"The Black Swan"をリリースした。

地元での7年間の活動でデモと3枚のEPをレコーディングしたバンドは、2002年にマーヴェリック・レコードと契約し、2003年9月に初となるアルバム"Page Avenue"をリリースした。この作品からの最初のシングルである"Until the Day I Die"は、2003年8月にKROQのパワープッシュを受けてラジオでオンエアされるや否や、世界中で数千枚を売り上げた。2枚目のシングルとなる"Anthem of Our Dying Day"はリンキン・パークのジョー・ハーンがミュージック・ビデオの監督を務めたことでも話題になった。結果として、アルバムは現在までに全世界で50万枚を売り上げている。収録曲のシングル"And the Hero Will Drown"はニード・フォー・スピード アンダーグラウンドのサウンドトラックに収録されている。
2004年、バンドはリンキン・パークの2枚目となるアルバムのメテオラに伴う世界ツアーに、P.O.Dやフーバスタンクと共に参加している。

2004年5月、MTVはストーリー・オブ・ザ・イヤーのメンバーがハードロックバンドであるゴッドスマックのローディーと乱闘騒ぎをおこしたと報じた。ギタリストのライアンによると、先に仕掛けて来たのはローディーの方で、原因はゴッドスマックのメンバーが自分達のバンドのパフォーマンスに嫉妬したことだという。その後バンドはメンバーの腫れ上がった顔の写真を、騒ぎに抗議する声明と共に彼らのホームページ上に公開した。ゴッドスマックのメンバーは直接乱闘には参加していないものの、声明はゴッドスマックに抗議する形で発表された。騒ぎの調査は地元警察によって行われたが、結局は逮捕者が出るどころか、記録さえとらずに調査は終了した。現在は写真や抗議文は削除されているが、代わりに「もうゴッドスマックのことをどうこう言うつもりはないさ。一緒にアイスを買いに行きたいからね。」というメッセージが掲載された。

2005年5月、バンドはライブやツアーの模様を収録したCDとDVDのセット作品"Live in the Lou/Bassassins"をリリースした。この作品は5万セットを売り上げた。
2005年10月11日、バンドは2枚目のスタジオアルバムとなる"In the Wake of Determination"をリリースした。2006年3月の時点でこの作品は15万枚の売り上げにしか達しておらず、バンドのポテンシャルを完璧に証明するには至らなかった。
2006年5月、バンドはエメリーとフロッギング・モリーのサポートとしてオーストラリアを回り、ツアーを終えた。

現在、バンドは2008年春にリリース予定のアルバムを製作している。ダンのインタビューによると、バンドは既に20以上の曲をレコーディングしており、新作は2枚組になる可能性が高いようである。今作のプロデューサーには"Page Avenue"の製作にも携わったジョン・フェルドマンとエルビス・バスケットが迎えられている。今回のレコーディングにあたり、バンドは5年間契約してきたマーヴェリック・レコードとの契約を終了し、エピタフ・レコードと新たに契約を結んだ。

新作の製作と平行して、バンドは2作目となる"Live in the Lou/Bassassins"のようなDVDの製作にも着手している。ライアンによれば、DVDにはより深い舞台裏が「ストーリー・オブ・ザ・イヤーの1年半」といった内容で収録される予定で、具体的にはスタジオでのプリプロダクション、作曲、レコーディング風景などが主となるようである。また、彼は1作目のDVD作品に収録したようなショートフィルムを加えたいとも発言している。
2007年8月3日、バンドはライブで新作DVDの映像を一部公開し、3作目となるアルバムから"Terrified"というタイトルの新曲を披露した。その他にもいくつか新曲がプレイされたようであるが、タイトルについては言及されなかった。"Terrified"はフィルがピアノを演奏しており、新境地とも言える曲になっているようである。その他の新曲では、ベースの技術担当であるリル・ティミィーがコーラスを担当していたようで、はっきりと確認されてはいないが、恐らくCDにも彼のコーラスが収録されているであろうと推測される。また、このライブにはトゥー・サイレント・ゴーストというバンドの、マーク・ロスがゲストとして参加していた。 2009年にはアメリカのプロレス団体WWE所属のジェイソン・リソ(クリスチャン・ケイジ)のエントランスの曲を担当した。この曲はあくまでもカバー曲であり自ら作曲・作詞などはしていない。(Wikipediaより引用)


エモコア/スクリーモ系バンドですが、HM/HR系の曲にエモのボーカルが乗っかった、かなりメタルっぽい音。(でもメタルじゃない。メタルだと思って聴くと肩透かしを喰らう)まあ、この辺のジャンル分けはあまり意味がないかもしれません。
バンド・サウンドはエッジの効いたギターとタイトな演奏、スピード感とキャッチーな楽曲が特徴的。
アルバムの方は、メタル系のアルバムにありがちな叙情的なバラードはなく、大半が疾走チューン。
捨て曲がなく、とりあえず1,2曲目「We Don't Care Anymore」「Take Me Back」の出来が突出していますが、通して聴いてもかなり楽しめます。
大ヒットした前作はシングルしか聴いていないのですが、期待された今作は商業的に失敗だったようで、いいアルバムなのになぜ?という思いは強いです。もっと評価されるべきアルバムだと思います。
邦楽/男性VO/HM・HR/ハード・コア

Edge of Spirit
エッジ・オブ・スピリット(日本)

Screaming For The Truth
1作目
Edge of Spiritは関西出身。結成は 1997年、磯本祥(vo)山田憲太郎(g)稲葉孝史(g)越智弘典(b)米田智幸(ds)の5人で神戸・大阪で活動を開始。本作は1999年発売。15,000枚を超えるセールスを記録した。

叙情的なメロディラインが特徴でかなり聴きやすいです。曲の組み立て方、構成力は素晴らしく、重厚なリフと哀愁漂う泣きのツインギターは正統派メタルの音そのもの。一応ジャンルは”メタルコア、ラウド・ロック、メロデス”辺りににカテゴライズされているようですが、攻撃性、残虐性は薄く、疾走感や勢いで聴かすタイプではないので、一般のHM・HR好きの方でも十分楽しめると思います。逆にスラッシュメタル、コアメタル好きの方には物足りないかも。ボーカルがちょっと弱いかな?(ていうか日本語のシャウトは苦手だ・・・。)でもアルバムの内容は素晴らしいですよ。
邦楽/男性VO/HM・HR/ハード・コア

Edge of Spirit
エッジ・オブ・スピリット(日本)
Rebirth
3作目
エクストリーム・ミュージックの雄、Edge of Spiritの2004年7月リリースのスプリットアルバム以来1年ぶり、アルバムとしては4年ぶりの作品。
重戦車の如く突進するリフ・リズム隊とキャッチーなフックが印象的で、唯一弱点に感じていたボーカルも格段の成長を見せております。小細工はせずに楽曲の質の高さで勝負する姿勢は素晴らしいく、これほどクオリティの高い、充実した内容は、バンドの円熟性すら感じます。国内バンドを敬遠しがちな人達や、一段低く見る人達にぜひ、国籍を伏せて聴かせてみたいものですね。
邦楽/男性VO/HM・HR

GALNERYUS(日本)
ガルネリウス
One For All - All For One
4作目
Galneryus(ガルネリウス)は、日本のネオクラシカル/メロディックスピードメタルバンド。2001年に大阪で結成され、2003年にバップからデビューした。バンド名はヴァイオリンの名器に由来している。(Wikipediaより引用)

本作は2007年発表。
日本のメロパワ/メロスピ系バンドとしては演奏レベル、楽曲のクオリティ等抜群の安定感がありますね。時折見せる80年代HM/HRの香りがたまりません。楽曲はクサメロジャパメタ風、泣きと若干のくささ、くどさがあり濃いですが、いやな濃さではありません。「NEW LEGEND」他、非常にキャッチーな曲が多く、ちょっとポップロックぽい曲もあるので、ここら辺りは一般のJ-POPファンにも十分アピールできそうです。Syuの素晴らしいギタープレイとYu-toのボーカル、これ以上やるとアニソンっぽくなるギリギリ寸止めのキーボードの活躍が素晴らしい。新鮮なインパクトはないものの、一曲一曲のクオリティは高く、どの曲にも手抜き感は感じられません。(アルバムを通して聴くとやや統一性に欠ける感じはありますが。)それと、あえて日本語詞を導入した点は賛否が分かれるところかもしれませんが、むしろ日本産メロパワとしての彼等のこだわりとしてこの点は歓迎したいと思います。 (でもやっぱりもうちょっとKamelotみたいなストレートなメロパワ/正統派メタルを聴かせてほしいというのが正直なところですが・・・。)
邦楽/男性VO/ポップス

コブクロ

All Singles Best
ベスト盤
コブクロは、小渕健太郎と黒田俊介の2人から成るフォークデュオ。
2001年3月22日にデビュー。レコード会社はワーナーミュージック・ジャパン。所属事務所はミノスケオフィスコブクロであるが、研音と業務提携している。

1998年5月、サニックスのセールスマンの傍ら毎週土曜日に路上ライブをしていた小渕と、ストリート・ミュージシャンをしていた黒田が、堺市の堺東銀座通り商店街で出会い意気投合。同年9月、小渕が黒田に楽曲を提供する事になったが、黒田本人のギターがあまりにも下手だった為、小渕が隣でギターを弾き、コーラスをする事になる。これがきっかけで黒田から小渕に一緒に組もうと声をかける事になった。小渕はこれを「できちゃった結成」なのだと『笑っていいとも!』の「テレフォンショッキング」出演時に話している。この結成エピソードの曲が後の代表曲となる「桜」である(インディーズ盤『Root of my mind』・5thアルバム『NAMELESS WORLD』に収録)。なお、「桜」を路上で披露した際、観客から「誰の歌ですか?」と問われた小渕は、オリジナル曲というのが恥ずかしくてとっさに「ミスチルのインディーズの曲です。」と答えてしまった。(後に本人に謝罪済み)

ユニット名は、2人の名字、小渕(コブチ)と黒田(クロダ)から名づけた。後にそのネーミングのアイデアは吉本興業所属のお笑いコンビ、FUJIWARAから来ていることを明かしている(過去に心斎橋筋で演奏中にFUJIWARAの原西孝幸にからまれたこともあるらしい)。ちなみに小渕が黒田に初めて作った曲の歌詞カードに「コブチとクロダでコブクロでええか」と書いていたのがきっかけで、それが今もなお使われている。SPOON(スプーン)という候補もあった。フォークデュオだけど、ナイフ(ロック)みたいに鋭くなく、人の心を掬うという意味。 彼等のファンを「コブファミ」と呼ぶ。これはFM802のDJ・ヒロ寺平が命名した。また、コブクロはファンのことを「スタッフ」「チームコブクロ」ともいう。 所属するワーナー・ミュージック・ジャパンの代表取締役社長・吉田敬が芸能事務所研音の代表・野崎研一郎と親交を持っているため、研音所属の俳優・女優を起用したドラマの主題歌を手がける事が増えている。

コブクロがメディアに出るきっかけになったのは、京都で路上ライブをしているときに、森脇健児から「自分ら歌うまいなあ。ラジオで歌ってみいひんか?」と声をかけられ、KBS京都に出演したのがきっかけである。
1998年9月8日、コブクロ結成。
1999年、『森脇健児の突撃!日本列島』に出演。その際に「桜」がエンディングテーマに使われる。その後、『森脇健児のサタデーミーティング』(KBS京都ラジオ)の第2期としてレギュラー出演。
2000年3月、 梅田のバナナホールライブにて、初のワンマンホールライブ。
2000年12月、大阪厚生年金会館 芸術ホールライブ。
2000年12月31日、渋谷公会堂にてDISK GARAGE主催イベント LIVE DIGAに急遽出演。この日が関東地方での初演奏となる。
2001年3月22日、「YELL〜エール〜」でメジャーデビュー。オリコン初登場10位、最高位4位のヒットとなった(彼らの地元大阪チャートでは、1位を獲得)。この頃は19やゆずに次ぐ「第三のネオ・フォークデュオ」と言った紹介がなされていた。
2002年2月14日、 シングル「風」をリリース、関西での人気を不動のものとする。
2002年12月22日、Live☆Rally 2002"grapefruits"ファイナルは大阪城ホール。
2003年3月8日、"Live☆Rally 石の上にも2003年"大阪フェスティバルホールを皮切りに全国15公演を行う。
2003年12月30日、Live☆Rally 2003"STRAIGHT"ファイナルは大阪城ホール。
2004年3月24日、メジャーデビュー後、初の映像作品であるDVD「コブクロ!LIVE!GO!LIFE!」を発売。エンドロールに19671人の名前を掲載し、ギネス記録として申請。
2004年9月23日、タレントの所ジョージと組んでトコブクロ結成。「毎朝、ボクの横にいて。」をリリース。
2004年10月14日、シングル「永遠にともに/Million Films」をリリース。収録曲「永遠にともに」がNHKみんなのうたで放送され結婚式ソングとして話題となる。オリコン6位とオリコンチャート96週ランクインを記録。
2004年12月26日、大阪城ホールにてKOBUKURO LIVE TOUR '04"MUSIC MAN SHIP"終了。(全11公演)ワンマンホールライブ100、101回目はツアーファイナルの大阪城ホールで達成。
2005年5月11日、「ここにしか咲かない花」がシングルとして自身最大のセールスを記録。
2005年11月2日、「桜」で自己最高初動セールスを記録。
2005年12月21日、アルバム『NAMELESS WORLD』がオリコンウィークリーチャートで1位を獲得。
2005年12月31日、『NHK紅白歌合戦』に初出場(歌唱曲は「桜」)。
2006年5月6日、KOBUKURO LIVE TOUR '06 "NAMELESS WORLD"で初の武道館公演を行う。関東地方での人気も不動のものとなる。
2006年9月27日にはシングル(両A面含む)コレクション『ALL SINGLES BEST』を発売し、オリコンウィークリーチャートで4週連続1位を獲得。累計売上が300万枚を超える大ヒットとなる。
2006年9月30日、テレビ朝日系にて「風」、「Million Films」、「永遠にともに」の3曲の歌詞、世界観を原作にオリジナルストーリーを書き下ろしたオムニバス形式のドラマ「一生忘れない物語」が放送されている。
2006年の年間アルバムチャートでは9位に「NAMELESS WORLD」、3位に「ALL SINGLES BEST」がランクインしBEST10に2枚がランクインする大ヒットとなった。
2006年の第57回NHK紅白歌合戦に昨年に引き続き、2度目の出場(歌唱曲は、「風」)。
2007年 1月8日から放送中のフジテレビ系月9の速水もこみち出演連続ドラマ「東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン〜」の主題歌「蕾(つぼみ)」を書き下ろし、2007年3月21日に発売。発売1週目で自身最高初動を大きく更新し、発売2週目の2007年4月9日付オリコン週間シングルチャートで、シングルでは14作目にして初の1位を獲得した。自身最大売り上げの曲となった。
2007年2月28日に同じレコード会社の所属である、絢香と組んだスペシャルユニット「絢香×コブクロ」としてのシングル「WINDING ROAD」を発売。
2007年3月13日、『ALL SINGLES BEST』が第21回日本ゴールドディスク大賞でアルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。2007年6月6日、iTunes Store、Mora、Mora win、Listen Japan、OnGen、MySound、Music Ocean等で音楽ダウンロード開始。
2007年6月16日〜8月12日→8月18日、KOBUKURO LIVE TOUR '07 “蕾”無事終了。
2007年11月7日 蒼く優しくをリリース。 2007年12月19日、通算6枚目のオリジナルアルバム『5296』を発売し、前作のベストアルバムに続き、オリコンウィークリーチャートで4週連続1位を獲得。累計売上100万枚を超えるヒットとなり、オリジナルアルバムでは初のミリオン作品となった。
2007年11月29日、14枚目のシングル「蕾」が第49回日本レコード大賞の金賞にノミネートされ、12月30日の最終審査で同大賞に選ばれた。初の受賞。 2007年の第58回NHK紅白歌合戦に3年連続出場(歌唱曲は、「蕾」)。 2008年1月16日、「蕾」が第80回選抜高校野球大会の入場行進曲に選ばれた。
2008年3月8日〜6月5日、KOBUKURO LIVE TOUR '08 "5296" 無事終了。
2008年9月6日 FANFESTA2008 10YEARS SPECIAL 和歌山紀三井寺陸上競技場にて10周年ライブを開催。
2008年10月8日 DVD『KOBUKURO LIVE TOUR '08 "5296" FINAL』をリリース。
2008年10月29日 16th single『時の足音』をリリース。
2008年12月12日 黒田からの誘いで、渋谷NHKホール前で急遽ストリートライブを開催。約300人の人が集まった。黒田曰く、「当時とまったく変わらない光景がそこにはあった」と。小渕は「今後もできたら良いな」と綴っている。
2008年12月24日 DVD『KOBUKURO FAN FESTA 2008?10 YEARS SPECIAL!!!!』リリース。
2008年12月28日 [リアル]×[コブクロ]トークライブ開催。
2008年の第59回NHK紅白歌合戦に4年連続出場(歌唱曲は、『時の足音』)。
2009年3月22日 「MEET THE MUSIC LIVE withコブクロ・ファンフェスタ2009」(ファンフェスタ2009の一部の模様が全国民放FM53局で同時生中継) 2009年4月15日 17th single『虹』をリリース。
2009年7月15日 18th single『STAY』をリリース。
2009年8月5日 7th ALBUM 『CALLING』をリリース。
2009年8月22日〜11月28日、KOBUKURO LIVE TOUR '09 "CALLING" 無事終了。 2009年の第60回NHK紅白歌合戦に5年連続出場(歌唱曲は、『STAY』)。 (Wikipediaより引用)
邦楽/男・女性VO/ハード・コア/ミクスチャ

マキシマム・ザ・ホルモン(日本)

ロッキンポ殺し
5作目
マキシマムザホルモン(MAXIMUM THE HORMONE)は、1998年に東京都八王子市にて結成された日本のロックバンド。略称として主に「ホルモン」が用いられる。また英語表記の『MAXIMUM THE HORMONE』からそれぞれの頭文字『MAXIMUM THE HORMONE』をとった『MTH』が用いられることもある。
正式な略称は「ホルモン」であるが一部からは「マキホル」「マキシ」「マキモン」「マキシマム」「ムザホル」など異なった略称で呼ばれている。これについてはマキシマムザ亮君が「ホルモン」以外は変な呼び方だと説明している。 バンド名の由来はマキシマムザ亮君いわく「脳内分泌物(ホルモン)が最大級(マキシマム)に分泌されるくらいの血沸き肉踊るような音楽をぶちかます!!!」というのは実は後付であって、実際はメンバーが肉好きだったため焼き肉の「ホルモン」の名前を入れ、そこにかっこいい言葉として「MAXIMUM」をつけ加えていった結果の名称である。
当初は「Maximum The Hormone」と英語表記であったが、メンバーチェンジ後は現在のカタカナ表記となった(ただしカタカナ表記以降も英語表記が使用されることがある)。

テレビ・ラジオの出演は主に「メディア班」と呼ばれるナヲ、ダイスケはんが担当。(雑誌での取材は基本的にすべてマキシマムザ亮君の単独インタビューになる。)
1stアルバム『耳噛じる』より、曲ごとにマキシマムザ亮君による曲解説がついている。
アルバム「ロッキンポ殺し」収録の「川北猿員」と言う曲は、本来「川北サリン」というタイトルであったが発売前に松本サリン事件の被害者から非難の声があがり曲名を変更。歌詞カードの曲解説でも亮君が口にガムテープを貼って「この曲はじつ…!」としか語っていないので、多くは明らかになっていない。
独自の企画として「地獄絵図」という条件付きの限定フリーライブを年に一度おこなう。主な条件として「体重70キロ以上の男子限定」、「入場時で生ニンニクを丸かじり」、「ライブ中長袖ダウンジャケット着用」などがあり、主にメンバーが普段使用しているスタジオで行われることが多いが、地方に出向いて行うことも有る。
演奏の特徴として、メンバーが演奏中にヘッドバンギングをする場合が多い。
リリースアイテムの価格が語呂合わせになっているものがある(2564円→「ぶっ殺し」価格、2259円「夫婦で号泣」、1193円→「いい草」価格、1129円→「いい肉」価格、1157円→「いい粉」価格、3840円→「サバ塩」価格、4890円→「シャクレ」価格、1172円→「E!夏」価格、1182円→「いいヤツ」価格など)。
『ロッキンポ殺し』が竹田誠志(STYLE-E)、『恋のメガラバ』が大畠美咲(エスオベーション)の入場曲にそれぞれ使用されている。

結成当時のメンバーはナヲ、DAISUKE(現ダイスケはん)、SUGI(ギター)、KEY(ベース)。地元関東を中心に活動中、インディーズレーベルSkyRecordと契約。1stアルバム『A.S.A. Crew』をリリースした。この頃は曲タイトル・歌詞のほとんどが英語であった。メインソングライターはダイスケはんであった。
その後、SUGIとKEYが脱退し、亮君(現マキシマムザ亮君)と上ちゃんが加入して現在のメンバー構成になる。
2000年8月にはフリーウィル傘下のNEW HORIZONよりシングル『ブルペン キャッチャーズ ドリーム』、翌2001年にミニアルバム『鳳』(ほう)をリリース。続くシングル『肉コップ』からの音源は、日本テレビ音楽株式会社内に設立されたインディーズレーベル「ミミカジル」より発表。
2002年秋、ジャケットのイラストに漫画家の漫☆画太郎を起用したアルバム『耳噛じる』をリリース。
2003年にアニメ化された「エアマスター」のエンディングテーマに「ROLLING1000tOON」(シングル『延髄突き割る』に収録)が使用される(プレイステーション2ソフト&アーケード「GuitarFreaks&DrumManiaV2」にも収録)。当初「ROLLING1000tOON」は「延髄突き割る」というタイトルで収録予定だったが、番組の制作サイドであったバップ(後にメジャー移籍元となる)から「視聴者に怖い印象を与える恐れがある」と却下された。その後「深夜にアニメなんか見てないでさっさと寝ろ!」というタイトルを発案したがこれも2秒で却下され、現在のタイトルとなった。
2004年、3rdフルアルバム『糞盤』をリリース後にメジャーレーベルのVAPと契約。メジャー第1弾シングルとして『ロック番狂わせ/ミノレバ☆ロック』をリリースし、次いでシングルの『包丁・ハサミ・カッター・ナイフ・ドス・キリ/霊霊霊霊霊霊霊霊魔魔魔魔魔魔魔魔』をリリースし、メジャーでの1stフルアルバム『ロッキンポ殺し』をリリース。その後行った「ロッキンポ殺しツアー」では、全国47都道府県を制覇。
2005年10月からbayfmよりラジオ番組「マキシマムザホルモンの『麺かたコッテリ!!』」がスタート。
2005年10月から2006年3月まで放映された、アニメ『闘牌伝説アカギ ?闇に舞い降りた天才?』のエンディングテーマにタイアップ曲の「アカギ」(シングル『ざわ…ざわ…ざ‥ざわ……ざわ』に収録』)が起用。2度目のアニメタイアップとなった。収録シングルのタイトルは、「アカギ」の原作者である福本伸行が(他の作品も含め)作中で多用する心理的なざわめきの擬音表現から取られている。
2006年4月にFM OSAKAの「ミッドナイト☆ジャングル」内のコーナーとして、『マキシマム ザ ホルモンの「肉に撃たれて眠りたい」』がスタート。
2006年4月に、シングルの『肉コップ』が廃盤となった。
2006年、メジャー4枚目のシングル『恋のメガラバ』が発売週のウィークリーオリコンチャートで初登場9位を記録。2007年に発売されたアルバム『ぶっ生き返す』がオリコンチャート5位を記録。この「ぶっ生き返す」に収録された「絶望ビリー」が「GuitarFreaksV5 Rock To Infinity」、「DrumManiaV5 Rock To Infinity」に収録される。そして、その曲がマキシマムザホルモン初のロング曲での収録となった。
2007年2月から6月まで、「DEATH NOTE」のアニメ主題歌を担当している。3度目のアニメタイアップとなる。オープニングは「What's up, people?!」(シングル『ざわ…ざわ…ざ‥ざわ……ざわ』に収録)、エンディングは「絶望ビリー」(アルバム『ぶっ生き返す』収録曲)。
2007年2月14日に、ラジオ番組の「マキシマムザホルモンの『麺かたコッテリ!!』」に怪奇現象がおきていると東京スポーツに報じられた。日本テレビの「ラジかるッ」でも「タカアンドトシの夕刊太郎」によってニュースを読まれる
2007年4月、SPACESHOWERTVの番組【WORLDRIDE】の企画にて、punkspring07で共演したNOFXのメンバーとマキシマムザ亮君、ナヲが対談。
2008年4月より、ラジオ番組『マキシマム ザ ホルモンの「肉に撃たれて眠りたい」』ゴールデンに進出し、土曜日20:30-21:00になった。
2008年、5月3日、X JAPANのhideの追悼LIVE「hide memorial summit」に出演。その際行われた記者会見にも出席した。
2008年3月、ドロップキック・マーフィーズの前座として初アメリカツアーに出る。
2008年4月、ZEPP東京にてRANCIDの前座を務める。 2008年7月、メジャー5枚目のシングル『爪爪爪/「F」』をリリース。
2008年7月21日付のオリコンウィークリーチャートで初登場2位を記録した。これはシングル・アルバムを通して自身最高記録である。
2008年10月27日〜11月9日、イギリス・ドイツ・フランス・スペインと自身初の「EURO TOUR」を開催。全会場soldout。(イギリス公演のみENTER SHIKARIの前座)その模様がスペースシャワーTVにて一時間番組として放送。
2008年10月、ダイスケはんの喉にのう胞ができていることが判明。手術及び予後のリハビリのため、12月から3ヶ月間のLIVE活動休止を発表した。
2008年12月16日ナヲが入籍を自身のブログで発表。自身によるブログ「ナヲちゃんのときめき乙女日記」は入籍を機に最終回を向かえ、別タイトルの「ナヲちゃんのときめき人妻日記」と別ページに移行及び始動した。
2009年3月26日、初のレギュラーラジオ番組の「マキシマムザホルモンの『麺かたコッテリ!!』」が放送を終了した。2009年8月13日、マキシマムザ亮君が新型インフルエンザに感染したことがバンドの公式サイトで発表され、 本人の体調不良及び観客、関係者への感染を防ぐため、医師の判断により同月14日に出演予定だった夏フェス、RISING SUN ROCK FESTIVALの出演を辞退、同月18日、20日に行なう予定だった、自身のライブ「地獄絵図」を延期した。2009年11月6日、ナヲが妊娠したと発表。妊娠は9月初旬に発覚したが、メンバーとスタッフに相談し、「今決まっているライブはキャンセルせずなんとかやり遂げたい!」という本人の意思で、体調を見ながらライブ活動を継続していたが、11月3日の「地獄絵図2009」の公演後に体調を崩し、医師の診断により、切迫流産のためこれ以上の公演を行うことは母子ともに危険と判断され、これを受けて滋賀県の滋賀B-FLATで11月9日と11月10日に行う予定だった「地獄絵図2009」は無期延期、2010年2月20日〜3月1日に出演予定だった「Soundwave Festival 2010」は出演辞退となった。 (Wikipediaより引用)

本作は2005年発表。オリコン最高位26位。¥2259(夫婦で号泣価格)
とりあえずインパクトの強いバンドですが、ポップ・センスは抜群。ごちゃごちゃととっちらかしたような曲ばかりの割に、どの曲も短くまとめられているし、捨て曲がないので最後まで一気に聴けます。混合拍子を織り交ぜた緩急自在な演奏はスピード感にあふれていて、バンド・サウンドはラップ、パンク、ハードコア、ヒップホップと いろんな要素をごちゃまぜにしたようなスタイル。確かな演奏技術に裏づけされた遊び心満載の楽曲は、キャチーで親しみ易く、歌詞は、セックス・マシンガンズのようにコミカル(一部、品のない部分もありますが)で遊び心満点。キャーキャーうるさいデス・ボイスや下品な歌詞に好き嫌いがはっきりと別れそうですが、いいバンドだと思いますし、本作も名盤クラスのアルバムだと思います。あと・・・、漫☆画太郎先生のジャケットは恥ずかし過ぎてレジに持って行けません。
邦楽/男・女性VO/ハード・コア/ミクスチャ

マキシマム・ザ・ホルモン(日本)

ぶっ生き返す
6作目
ぶっ生き返すは『恋のメガラバ』のスマッシュヒット、アニメ『DEATH NOTE』のタイアップなどもあいまって過去最高の売り上げを記録した。ジャケットにはメタルポ−ズをしている人。恒例となった漫☆画太郎の描き下ろしジャケットイラストは、一見さんが引いてしまうのを配慮してか、裏ジャケットになっているが、真のファンは裏ジャケを表にしてレジに出すことが推奨された。値段は¥2,564(ぶっ殺し価格)。初回盤には特典としてジャケットステッカーが封入された。

本作は2007年発表。オリコン最高位5位。¥2564(ぶっ殺し価格)
今作は歌うパートが増えて、かなりポップな作風。タイアップや5曲のシングルが収録されているせいか、下品さやナンセンスはやや後退、多少洗礼されたような印象を受けなすが、重低音で疾走するミクスチャー・サウンドや、文法を無視した流れるようなラップ調歌詞は健在。アクの強さを求める向きには不評なアルバムかもしれませんが、相変わらずクオリティは高いです。まあ、基本的にライブ向きのバンドなので、ライブで暴れてくれればいいのかな。
邦楽/男性VO/ロック

シド゙(日本)

Play
3作目(インディーズ)
シド (SID) は日本のロックバンド。所属レコード会社はキューンレコード。2003年、ボーカルのマオを中心に結成。2008年10月29日にメジャー・デビュー。芸能事務所スターダストプロモーションと業務提携している。(Wikipediaより引用)

本作は2006年発表。
インディーズとは思えない、洗礼された、メジャー級の完成度の高いアルバムだと思います。個人的には「Room」「chapter1」「白いブラウス 可愛い人」「御手紙」「live」が好きです。どの曲も丁寧につくられているし、 曲の配分・配列も上手く、聴いていて最後までダレません。全体的に ミドルテンポ主体の大人しい曲が多く、女性視点のような歌詞や、ロマンチックな雰囲気に好き嫌いが分かれそうですね。聴いていてホント心地いい、”空気洗浄ポップロック”という表現がピッタリ。
邦楽/男性VO/ロック/ミクスチャ

kannivalism
カニバリズム(日本)
Nu age_
1作品
2001年6月20日・目黒鹿鳴館でのワンマンライブをもって、前メンバー(Vo.怜、Gu.K、Ba.8342、Dr.桐)でのkannivalismは解散。
kannivalismは当時はほとんどいなかったファッショナブルな衣装を身に着け、個性的なメイク、だてメガネ等のアクセサリーなどメンバー個人の主張を前面に押し出したヴィジュアルをしていた。特にボーカル・怜のビジュアルはbaroqueを経て現在のヴィジュアル系バンドで多く見られる「オサレ系」と呼ばれるバンド達の走りになった。
その後、怜とKはbaroqueにて活動しメジャーデビューをも果たし活動の場を広げていくが、2004年12月25日・Zepp Tokyoのライブをもって解散。
8342(富山忠春)はk@mikazeのメンバーとして活動、その後脱退。k@mikaze脱退後、雅-miyavi-のサポートベース、LIVのスタジオミュージシャン等で活動。
baroque解散から1年目の2005年12月25日に新設されたkannivalism公式HPにおいてバンド名、メンバーを発表。過去に活動していた同じバンド名での新結成に関係者、ファン達の間では賛否両論ではあったがやはり期待度は高く、突然の発表であったにも関わらず年末の年越しライブに一目観たいとファンが殺到。年が明けて深夜にもかかわらずライブハウス内はファンはもちろんバンド関係者、この日出演していた他バンドのメンバーで溢れていた。
2006年4月26日、自身のインディーズレーベルよりミニアルバム『奏功 humority』のリリースを経て、9月27日、avex traxよりシングル『リトリ』をリリースし、メジャーデビュー。
「カニバリズム」というバンド名を変更しろというエイベックスとの間で対立があることが、2007年2月26日刊行の日刊スポーツ紙上による報道で明らかになった。理由はカニバリズムという意味が「共食い、食人」(詳細はその項を参照のこと)ということで、エイベックス側が「メジャーで活動する以上、ラジオやテレビ出演などのプロモーション活動の際にこのバンド名では不適切。バンド名が起因して出演を拒否される恐れもあり、さらなるメジャー化を図れない。」としている。これに対しkannivalism側は「本来の綴り(cannibalism)と違うので問題はない。もともとこの名前で活動していたのだから、バンド名を変えなければ売れないと言うのならそれはそれで仕方ない。」と反論しており、対立は平行線を辿っている模様である。
2008年1月、ボーカル・怜の適応障害による入院のため、再び活動休止。(Wikipediaより引用)

kannivalism(カニバリズム)は2006年9月にメジャーデビューし、「リトリ」「ホシの夜」の2枚のシングルがオリコン・チャート上位に。本作は 2007年発表、オリコンチャート初登場13位。
バンド・サウンドは様々なジャンルのいいトコ取りといった感じ、キャッチーな歌メロに多彩な音色、自由度の高いミクスチャーサウンドになっています。リラックスして聴ける軽いタッチの楽曲はORANGE RANGEに通じるものがありますが、シリアスなバラードナンバーはしっかりと聴かせてくれるので、軽薄さは感じられません。多少おとなしめの曲が多いような気もしますが、バラエティ豊かで粒揃いの楽曲、アルバムを通して充実した内容になっているので、最後まで楽しんで聴けました。ルックスもいいし、実力のあるバンドなので、このままメジャーで活躍してほしいのですけどね。
邦楽/男性VO/ロック/ミクスチャ

ロットングラフティー(日本)

CLASSICK
1作目
ロットングラフティーは、京都府出身のロックバンド。
2009年、メンバーチェンジなしに結成10周年を迎えたツインボーカルの5人編成。
「ロットングラフィティー」は誤記。略称は「ロットン」で、アルファベット表記では「ROTTENGRAFFTY」と綴る。「古都のドブネズミ」をシンボルとし、グッズにもドブネズミが使用されている。
一時期打ち込みを取り入れた曲が多かった時期があるが、最近の作品はバンドサウンドのみの曲が多い。
同郷で同世代の10-FEETや、同じ関西出身のMARSAS SOUND MACHINE、GELUGUGU、UVERworldとは親交が深い。
お笑いコンビ・野性爆弾と非常に仲がよく、野性爆弾の二人がメンバーに名を連ねるインディーズバンド・盆地で一位と共演した事もある(2003年、大阪バナナホール)。ちなみに、野性爆弾の城野がアルバイトをしている大阪心斎橋のダーツバーの壁には、ロットングラフティーのサインが書かれている。また、お笑いコンビ・麒麟のライブDVDのSEにロットングラフティーの曲が使われており、舞台の出囃子でも流されていた時期がある。

1999年に結成され、地元関西を中心に精力的なライブ活動を行う。
2001年2月には、キングレコード系レーベルであるベルウッド・レコードよりミニアルバム『RADICAL PEACE×RADICAL GENOCIDE』をリリースした。
2003年の3月にリリースされた3rdミニアルバム『SYNCHRONICITIZM』では、プロデューサーにドラゴンアッシュのIKUZONEを迎え、楽曲に更なる厚みを加えると共に、続くメジャーデビューへの布石とした。そして同年11月、満を持してメジャー第一弾シングル『悪巧み〜Merry Christmas Mr.Lawrence』(IKUZONEプロデュース)をリリース。このタイトル曲は坂本龍一による「戦場のメリークリスマスのテーマ」にロットングラフティー流のアレンジを施し、それにオリジナル曲の「悪巧み」を融合させたもので、そのインパクトは各地で話題となった。 その後、
2004年に『CL∀SSICK』、2005年にマキシマム ザ ホルモンのナヲがゲストコーラスとして参加した「RATMAN」収録の『えきさぴこ』の2枚のフルアルバムを発表後はキングレコードとの契約を解消してフリーとなるも、今尚活発に全国展開のライヴ活動は行っており、2006年春にはライヴ会場限定シングル『palm』、『form』の2枚を自主制作で発表。2006年10月11日には、元LUNA SEAのベーシスト・Jが新たに旗揚げしたユニバーサルミュージックの新レーベルであるINFERNO RECORDSから、移籍第一弾シングルとして『マンダーラ』をリリースした。
2008年7月には10-FEET主催フェス「京都大作戦2008〜去年は台風でごめんな祭〜」にオープニングアクトとして出演。実質第一回目の大作戦の先陣をきった。10月にはFM京都α-STATION(89.4)でレギュラーラジオ番組「YO! NOW YO! NOW」(08年10月-09年3月)がスタート。現在は吉本音楽出版に所属。
2009年10周年の飛躍の年とし、4月にはFM OSAKA(85.1)で「ロットングラフティーのまいどおおきにー」がスタートした。(同年7月放送終了)(Wikipediaより引用)

本作は2004年発表。
Dragon AshのIKUZONEとの共同プロデュースで、テレビ朝日「ワールドプロレスリング」の「ケミカル犬」、坂本龍一の「戦場のメリークリスマス」をサンプリングに使った「悪巧み」、テレビ朝日系「さま〜ずと優香の怪しい××貸しちゃうのかよ!!」エンディングテーマ「MASSIVE DRIVEN」、テレビ朝日系「ド・ナイト」エンディングテーマ「e for 20」、の4曲を含むメジャー1stアルバム。
パンク/ハードコア、ラウド・ロック、HIP HOP等を融合させたミクスチャー・サウンドで、結構、器用さを感じるバンドです。ラップを織り交ぜたツイン・ボーカルの掛け合い、多彩な音色、メロディアスなのにヘビィでクールな楽曲が楽しめます。
邦楽/男性VO/ロック/ミクスチャ

ロットングラフティー(日本)

えきさぴこ
2作目
本作は2005年発表。オリコン初100位、0.2万枚。キングレコードでの最後の音源。マキシマム・ザ・ホルモンのナヲがゲストコーラス、コーガニズムオーケストラのメンバー等がゲスト参加。
「零戦SOUNDSYSTEM」が好きです。総時間は約39分と短いですが、前作同様内容の濃いアルバム。相変わらずキレがイイですな。メロコアをベースに、多種多様なジャンルを取り入れた、ラウドなミクスチャー・サウンドがたまりません。かなり細部までこだわって作りこまれているのですが、力強さ、ライブ感、エネルギー感を損なっていないのが見事。もっと評価されていいバンドだと思います。
ちなみに、このジャケはメンバー全員の顔を合わせたモノだそうです。
邦楽/女性VO/ポップス

mihimaru GT

Best Of Mihimaru Gt
ベスト盤
ユニット名の由来は、mitsuyuki miyakeの「mi」とhirokoの「hi」、船に付けられる丸「maru」に車に付けられるグランツーリスモの「GT」の4語を組み合わせてできている。ユニット名を決めているとき、miyakeは寝ていたらしく、最初に考えられたのは「みひ丸」だったらしい。 候補名でもあった「Air Grow」が『mihimania?コレクション アルバム?』に収録されている。 正式表記は「mihimaru GT」で"ru"と"GT"の間にスペースが入る。クレジットが"mihimaruGT"であったり、CDのCMや帯には「ミヒマル GT(ミヒマルGT)」と表記される場合もある。 略称は「みひまる」、「みひま」、「みひじー」。

ボーカルのhirokoは高校2年のときに浜崎あゆみのダンサーとしてオーディションを受けていた。
2003年1月。ボーカリストを目指し活動していたhirokoと、数々の有名アーティストへ楽曲提供をしていたクリエーターmiyakeが出会い結成。 「気分上々↑↑」が大ヒットするまで、鳴かず飛ばずが続く苦労を味わった。
デビュー直後はストリートでライブを行う。小さなクラブでは演者がmihimaru GTとDJの3人に対し客が2人しかおらず、その客同士が顔を見合わせて気まずそうに帰っていった。曲の途中であったが中止せずクラブのバーテンダーに対して演奏した。
2003年7月30日 - シングル『約束』でデビュー。
2006年5月3日 - シングル『気分上々↑↑』が2人が出演したヘアカラーのCMソングに使われて大ヒット、テレビ朝日の『MUSIC STATION』に初出演。二人とも『気分上々↑↑』が売れるとは思わず、「もうこれでだめかな」と感じたという。
2006年11月17日 - ベストヒット歌謡祭2006でゴールドアーティスト賞を受賞。歌唱曲は「気分上々↑↑」。
2006年12月16日 - 第39回日本有線大賞有線音楽賞を受賞。歌唱曲は「気分上々↑↑」。 2006年12月30日 - 「気分上々↑↑」で第48回日本レコード大賞金賞を受賞。
2006年12月31日 - 第57回NHK紅白歌合戦に初出場。「気分上々↑↑」で紅組トップバッターをつとめた。
2007年11月20日 - ベストヒット歌謡祭2007でゴールドアーティスト賞を受賞。歌唱曲は「俄然Yeah!」。
2007年12月31日 - 第58回NHK紅白歌合戦に「俄然Yeah!」で2年連続出場。
2008年11月24日 - 全国ツアーのファイナルとして日本武道館ライブ達成。 ファイナルライブゲストで九州男、柳沢慎吾、常田真太郎(from スキマスイッチ)、SOFFet、古坂大魔王 が出演。
2008年12月30日 - 「ギリギリHERO」で第50回日本レコード大賞優秀作品賞を受賞。(Wikipediaより引用)
邦楽/女性VO/ポップス

JYONGRI

Close To Fantasy
1作目
JYONGRI(ジョンリ、1988年8月30日 - )は、大阪府出身のシンガー・ソングライター。所属レコード会社はEMIミュージック・ジャパン(旧 東芝EMI)。 また、2006年10月からは早稲田大学国際教養学部に通う現役大学生である。

JYONGRIという名前の由来は、本人によれば、性別不明でインターナショナルな名前を両親が付けたかったからとのこと。

4歳から大阪のインターナショナル・スクールに通っていたため、そこで培った英語は堪能。同級生に青山テルマがおり、現在も仲が良い。 楽器は、4歳よりクラシック・ピアノを習い始め、10歳のときにヴァイオリン、16歳の時にはギターに挑戦した。 8歳のときに映画『天使にラブ・ソングを2』を観て、歌を歌いたいとの思いからゴスペルを始め歌いこなすようになる。11歳の時、ゴスペルの影響で歌手という夢を抱き始める。14歳頃から本格的に歌のレッスンを受け、作詞活動を行い始める。
2005年夏にアメリカへ渡り、バークレー音楽院の5週間サマープログラムに参加、その間の寮生活中、曲を書き始めた。
2006年6月、大阪インターナショナルスクールを卒業。6月から9月の夏休み中、音楽活動を本格的に開始。
2006年10月、早稲田大学国際教養学部に入学。同時期よりプロモーション活動、インタビュー出演などの活動を始めた。
2006年12月、自ら作詞・作曲を手がけた「Possession」のサンプリングがイギリス音楽チャート誌のミュージック・ウィークのポップクラブチャート(12月16日付)で22位、「フィル・イングランド」のDJチャートで16位とデビュー前にチャートインするなど大きな反響をよんだ。なお、デビュー前のアジア圏のティーン・エイジャーの歌手がチャートにランクインするのは初めての快挙である。 2006年12月13日、東芝EMI(現 EMIミュージック・ジャパン)よりデビューシングル「Possession/My All For You」をリリースした。(Wikipediaより引用)

本作は2007年発表。
Jyongriと書いて、「ジョンリ」と読むのだそうです。音節で区切るとJYONG-RIとなるそうなので気をつけましょう。
本アルバムは、日本テレビ系「音楽戦士 MUSIC FIGHTER」3月OPテーマ&日本テレビ系「スッキリ!!」3月EDテーマ「Getting Funky!」、日本テレビ系「音楽戦士 MUSIC FIGHTER」2006年11月EDテーマ&「いただきマッスル!」06/11・12月EDテーマ&「スーパーチャンプル」06/11・12月EDテーマ「Possession」、フジテレビ系「HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP」2・3月EDテーマ「Hop,Step,Jump!」、日本テレビ系「極上の月夜」EDテーマ「My All For You」、よみうりテレビ「嗚呼!花の料理人」1〜3月EDテーマ「Romeo&Juliet」、ジュエリーマキ・2007年春CMタイアップ曲「〜約束〜」、テレビ東京「スキバラ」2月度EDテーマ「Lost Girl」、国立新美術館開館記念 大回顧展 モネ イメージソング「Wherever」と、デビュー・アルバムにしてこのタイアップの多さ。彼女に対する期待の大きさをうかがわせます。
柔らかく心地いい歌声で、圧倒的な歌唱力・音域・声量で聴かすタイプではなく、雰囲気で聴かすタイプですね。全曲、彼女自身の作詞作曲なのだそうですが、気の利いた詩やフレーズの数々から、ホントに18歳の女の子が書いてるの?と疑いたくなるほど。楽曲はアップ・テンポからしっとりとしたバラードまで、様々なタイプの曲が収録されていて、派手な曲ばかりではないのですが、トータルで聴いて楽しめるアルバムだと思います。独自のスタンス、アーティストとしての才能に満ち溢れた大型新人。
邦楽/女性VO/ポップス

JYONGRI

Love Forever
2作目
本作は2007年発表。
前作同様、全曲彼女自身の作詞作曲だそうです。。
前作も良かったのですが個人的には今作の方が好きです。
1曲目でアカペラの「Love Forever」〜「Tender Touch」のアルバムの入り方がいいですね。1曲目〜「Kissing Me」「Unchanging Love~君がいれば~(with Whisper) 」の流れは完璧。ちょっと懐かしいような耳障りのいいバラードや、良質のポップ・ソングが揃った、捨て曲のないいいアルバムだと思います。
邦楽/女性VO/ポップス

Lil'B
リル・ビー
今、キミへ・・・
1作目
Lil'B(リル・ビー)は日本の女性2人組による音楽ユニット。レコードレーベルはデフスターレコーズ。
2007年に結成。 ユニット名の由来はLittleの略語・LILと「裏切り」を意味するBetrayを組みあわせたもの。転じて『小さな裏切り=イタズラを放って、世の中にサプライズを!』の意味もこめられている。(Wikipediaより引用)

本作は2009年発表。
邦楽/女性VO/ポップス

melody

The Best Of
ベスト盤
melody.(メロディー、1982年2月24日 - )は、日本の元女性歌手。血液型はO型。2009年1月に引退時の所属事務所はテンカラット、レコード会社はトイズファクトリー。夫はヴィジュアル系ミュージシャンの雅-miyavi-。

melody. 2008年3月 基本情報 別名 ミー、melちゃん 出生 1982年2月24日(28歳) アメリカ合衆国 ハワイ州 ホノルル 血液型 O型 学歴 プナホウ・スクール ジャンル J-POP 職業 歌手、VJ 活動期間 2003年-2008年 レーベル Kimi(TOY'S FACTORY)(引退時) 事務所 テンカラット(引退時) 影響 セリーヌ・ディオン[1][2] 表・話・編・歴 melody.(メロディー、1982年2月24日 - )は、日本の元女性歌手。血液型はO型。2009年1月に引退時の所属事務所はテンカラット、レコード会社はトイズファクトリー。夫はヴィジュアル系ミュージシャンの雅-miyavi-。 目次 [非表示] 1 来歴・人物 2 活動年譜 3 作品 3.1 シングル 3.2 アルバム 3.3 DVD 3.4 フィーチャリング 3.5 タイアップ 4 ライブ 5 出演 5.1 ラジオ 5.2 テレビ 5.3 連載 5.4 ポッドキャスト 5.5 CM 5.6 ゲーム 6 脚注 7 外部リンク 来歴・人物 [編集] ハワイで生まれ育った日本人で、16歳の時にモデルを務め、19歳の時に来日。母の故郷は沖縄である。父はドラマーをやっていた[1][2]。母が歌っている姿を見て、それに影響を受け、幼い頃から日本で歌手としてデビューすることを夢見ていた[1]。本名もMelody。両親が大の音楽好きであることから、「メロディ」と名付けられた。4人姉妹の長姉、3人の妹のうち2人は音楽由来の名である[2]。一般的な名の妹クリスティーンが作詞や作曲を手がけた曲も多数あり、その際は、作詞または作曲の欄に愛称の「KURIS」とクレジットされている[3]。音楽一家で幼い頃から妹たちとともに音楽のエリート教育を受けていた。ジャズダンス、ヴォイストレーニング、ピアノとクラシックバレエを習う[4]。元々両親の影響で厳格なベジタリアンだったため[5]、小学校の給食で出されるまで肉を食べたことがなく、家では牛乳の代わりに豆乳を飲んでいた。その後、ベジタリアンではなくなったが、その名残りからか野菜が大好物である。 ハワイで生まれ育ったため、英語を母国語とする。来日直後は、日本語での意思疎通に苦労をしていた[1][2]。トーク番組などメディアに出演する際には、言葉の端々に英語が散見される。ほとんどの楽曲で作詞を担当し、歌詞が全て英語の楽曲もいくつかある。この英語を生かして、NHKの『英語でしゃべらナイト』では来日した海外の有名人へのインタビュアーを、日本の音楽を海外に紹介する『J-MELO』ではVJを務めた。小さいころから、ファッションにも強い興味を持ち、学校では陶芸やファッションの勉強をした[1][4]。ファッションの仕事に携わることは、歌手と並ぶ大きな夢であったと述べており[1]、歌手引退後にファッションデザイナーとして活動する意向を示唆している[6]。 m-floのフィーチャリングヴォーカリストとして、m-floのライブではその楽曲とともに大トリで出演することが多かった。 2009年3月14日、雅-miyavi-と入籍、その時はすでに妊娠していた[7]。

2001年 小室哲哉が主宰するRojamの「Click Audition ASIAN MIX」でフィリピンのMARIEJO、ハワイのALYSONとともに一次審査を通過。 2003年 2月19日、シングル『Dreamin' Away』でデビュー。 春、PARCOの2003年春キャンペーン“Miracle?”のイメージ・キャラクターを担当。 6月18日、2ndシングル『Simple As That/Over The Rainbow』リリース。「Over The Rainbow」(米国のミュージカル「オズの魔法使い」の楽曲をカバー)が「三菱・コルト」のCMで使われたことから知名度が高まる。 10月22日、山本領平(現、Ryohei)と共にm-floのフィーチャリングヴォーカリストとして参加し、m-flo loves melody. & 山本領平名義でシングル『miss you』をリリース。オリコントップ10入りの大ヒット。これがmelody.の名をさらに広めることになる。 2004年 1月22日、1stアルバム『Sincerely』リリース。オリコン初登場3位を記録。 6月9日、4thシングル『Believe me』リリース。Japanese Version、English Version(期間限定生産)の2種類同時リリースが話題に。 8月16日、本人出演のハドソン「着信★うた♪」CMオンエア開始。このCMイメージキャラクターが選ばれた。4thシングルのカップリング曲「So into You (Japanese Version)」がCMソングに起用された。 2005年 1月12日、5thシングル『Next To You』リリース。同時期に本人出演の「Alpen」CMもオンエアスタート。 6月25日-8月6日、ライブ『BIGLOBE presents Spicy Time』を行う。 8月17日、6thシングル『realize/Take a Chance』リリース。「realize」はテレビドラマ「ドラゴン桜」の主題歌に起用されたことからオリコントップ10入りのヒット。またドラマの内容(東大合格を目指す高校生と教師の物語)と楽曲が見事にマッチしていることから、受験生の応援ソングとしても広く知られるようになった。 2006年 2月15日、☆Taku Takahashiプロデュースによる7thシングル『see you...』リリース。 4月12日、2ndアルバム『Be as one』リリース。アルバムリリースは2年ぶり。前作に引き続きオリコントップ10入り。 6月30日、オフィシャルファンクラブ『Ohana』スタート。 6月30日-7月17日、1stライブツアー『Be as one TOUR 2006』を行う。 10月22日-11月11日、初めての学園祭ツアーを行なう。 11月8日、8thシングル『Lovin' U』とLive DVD『Be as one TOUR 2006 Live & Document』リリース。『Lovin' U』収録曲は全曲タイアップである。 12月21日、レーシングゲーム『ニード・フォー・スピード カーボン』リリース。日本語版では、テーマソング、挿入歌を務めると共にキャストとしても出演している。 2007年 1月31日、本人がSUBARU「フォレスター」CM出演、同日から全国でCM OAスタート。9thシングル『Finding My Road』がCMソング。 2月14日、9thシングル『Finding My Road』リリース。 3月9日-4月3日、初のクラブツアー『melody. CLUB TOUR'07「mel-mode Night」』を行う。 3月28日、m-floのアルバム『COSMICOLOR』に収録されている「STUCK IN YOUR LOVE」にフィーチャリングヴォーカリストとして参加。 4月4日から、NHKワールド「J-MELO」のVJを務める。 5月30日、10thシングル『Love Story』をリリース。「Love Story」はTBS系ドラマ「孤独の賭け〜愛しき人よ〜」挿入歌に起用された。c/w曲「BoRn 2 luv U」はm-floとのコラボレーション作品で「STUCK IN YOUR LOVE」の日本語詞バージョンとなっている(melody. loves m-flo 名義)。 7月4日、3rdアルバム『READY TO GO!』をリリース。オリコン6位を記録した。 2008年 2月13日、11thシングル『遥花?はるか?』リリース。TBSテレビ系ドラマ「だいすき!!」の主題歌に起用された。 4月9日、4thアルバム『Lei Aloha』リリース。 4月30日、田中ロウマとのコラボレーション作品『Boyfriend/Girlfriend』リリース。 10月8日、自身初、5年間の活動の集大成となるベストアルバム『The Best of melody. 〜Timeline〜』をリリース。 10月22日、自身のブログ「melody.'s blog」にて、2009年1月をもってアーティスト活動から引退することを発表。 2009年 1月、アーティスト活動を引退。オフィシャルサイトは1月12日をもって閉鎖。(Wikipediaより引用)
邦楽/女性VO/ポップス

福原美穂

RAINBOW
1作目
福原 美穂(ふくはら みほ、1987年6月19日 - )は、日本のシンガーソングライター。北海道札幌市南区出身。

2002年12月16日、中学3年生の時、北海道テレビ放送(以下HTB)のテレビ番組『情報ワイド 夕方Don!Don!』のコーナー「サビから選手権」にマライア・キャリーの「恋人たちのクリスマス」で出場し、優勝[2]。この放送がきっかけとなり、デビューのきっかけをつかむ。 2006年、北海道札幌南陵高等学校卒業後、HTBの音楽番組『夢チカ18』の企画で生まれたインディーズレーベルの夢チカレコードから、北海道限定でシングル「The Roots」とミニ・アルバム『Step☆Out』を発売し、合計10,000枚を売り上げる[3]。この際撮られたミュージック・ビデオのディレクターを同局の『水曜どうでしょう』などで有名な藤村忠寿が担当した。[4] 2006年4月3日から9月末まで、エフエム・ノースウェーブでラジオ番組『ONE★LOVE』のパーソナリティーを担当する[5]。 2008年2月、ロサンゼルスのSecond AME Churchにて、日本人としては初めて黒人教会でライブを行い、そのパフォーマンスが教会で高評価を受ける[6][7]。2009年1月にも再訪しパフォーマンスを行った。[7] 2008年のHTB開局40周年記念「~ありがとう40年~全部たしたら10時間! ユメミル広場に大集合!」では生い立ちが紹介され、生ライブを行い、インタビューでは北海道を代表する歌手になりたいという意味で「北海道の星になりたい」と語った。

4月、ソニー・ミュージックレコーズ内レーベルのgr8! recordsよりメジャーデビュー。2 SOULをプロデュースに迎えたデビュー曲「CHANGE」で女性アーティストとしてFMラジオ局パワープレイ最多の33放送局を獲得した[8]。4〜6月、スペースシャワーTVにて、「Pocky×福原美穂」コラボCMがオンエア開始、「CHANGE」がCMソングとしてオンエアされた[9]。7月には初恋の幼馴染の亡き知人に贈った楽曲で初のバラード「ひまわり」をリリース。[10]。11月には、au KDDI『LISMO』のキャンペーンアーティストに起用され、楽曲「優しい赤」がキャンペーン・ソングとしてオンエアされた。12月には、新曲「LOVE ?winter song?」を発表。この楽曲は、TBS系ドラマ『SCANDAL』の主題歌として起用された。 2009年1月には、花王「アジエンス」新CMソングでデジタル・ダウンロード限定のアルバムからのリード・シングル「雪の光」のほか、メジャー初のアルバム『RAINBOW』を発売。(Wikipediaより引用)

本作は2009年発表。
邦楽/男性VO/ポップス

GReeeeN

いままでのA面、B面ですと !?
ベスト盤
GReeeeN(グリーン)は、日本の4人組J-POPグループである。所属レーベルはNAYUTAWAVE RECORDS、所属事務所はエドワードリミテッド(業務提携先はスターダストプロモーション)

HIDE・navi・92・SOHの男性4人で構成されるボーカルグループ。テノール音域をHIDEとnaviが、バス音域を92とSOHが担当し、4人一緒に歌う場合は基本的に1オクターブ差で斉唱している[1]。キャッチコピーは「4本マイクのロッキンビーツ」(ロッキンビーツ:Rock 'n' Break Beats)。サウンドプロデュースは、HIDEの実兄であるHigh Speed BoyzのJINが手掛けている。 2002年(平成14年)に福島県郡山市にある大学の歯学部に在籍中のHIDEとnaviがGReeeNを結成し(この当時はeが3つであった)、2004年(平成16年)に同学部に在籍中の92とSOHが加入して現在のGReeeeNのメンバー構成となった。インディーズ時代は同市内のライブハウス「#9」でライブを行ったり、郡山駅前のCD Shop「LIPS」(現在は閉店)にて自主制作CDを数枚出版したりしていた。また、2BACKKAのHAMMERらが主催するライブイベントUNITYに1年以上の継続出演もした。 2006年(平成18年)にエドワードリミテッド所属となり、2007年(平成19年)にメジャー・デビュー。デビュー後の彼らの音楽活動において特筆すべき点は、テレビやインターネット等のマスメディア出演はおろか、プロモーションビデオやCDジャケットにおいても顔出ししないところである。ラジオ出演や営業活動をしたこともあるが、その様子の写真をブログに掲載する場合でも顔は隠している[2]。だが、2010年秋に顔出しライブの開催が決定した。唯一のテレビ出演は、テレビユー福島『MUSIC BARパロパロ』(2007年1月19日放送回)でのスタジオゲスト出演で、その際も顔を半透明のプラ板で隠していた[3]。これは、音楽活動と学業及び卒業後の歯科医勤務を両立するという理由によるもので、結成以来一貫して守り通している。ただし、歯科医師国家試験に合格して歯科医となった後、勤務先の院長の許可がおりれば顔を出す可能性もあると示唆している[4]ほか、子供時代の写真は自身のブログで公開している。2009年3月現在、HIDE、navi、92の3人は歯科医師国家試験に合格している。 なお、メジャーデビュー後にリリースしたアルバムには一貫して個性的なタイトルを付けている。

「新人未熟者」という意味で使われる『GReeN Boy』という造語。メンバーのHIDEは「まだまだ未完成であり続ける、未知の可能性という意味」でGReeeeNと名付けたと2009年3月8日付のブログで述べている[5]。 ロゴマークの「GReeeeN」の4つの「e」は、メンバーの人数、および、歯学部出身・在籍に因んで笑顔になるときに見える歯並びをイメージしてデザインされており、「smileを届けられる存在でありたい」というメンバーの気持ちを表している。(Wikipediaより引用)
邦楽/ハウス

Daishi Dance

the P.I.A.N.O. set
1作目
DAISHI DANCE(ダイシ・ダンス)は、日本の男性ミュージシャン、DJ、リミキサー。1976年生まれ。

札幌を中心に活動。メロディアスな哀愁ハウスミュージックが特徴。3台のターンテーブルを駆使したハイブリッドでカッティングエッジなDJスタイル。

STUDIO APARTMENTや、FreeTEMPOらと数多くのイベントに参加。六本木にあるクラブ・YELLOWで、不定期ではあるがSTUDIO APARTMENTの森田昌典と「MUSeUM」というレギュラーイベントを行っている。2008年5月より東京・新木場ageHaで「POOL HOUSE」というレギュラーPartyを担当している。(Wikipediaより引用)


本作は2006年発表。

これらの音源は、「八百屋さんの居酒屋やすい」で視聴できます。
http://www.kuromon-yasui.jp/izakaya.htm
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http://www.kuromon-yasui.jp/ordeo.htm