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洋楽/男性VO/ロック

Boston
ボストン(アメリカ)
Third Stage
3作目

ボストンの実態はトム・ショルツ(Tom Scholz)による作詞作曲、編曲、演奏、サウンド・エンジニアリング、総合プロデュースとレコーディング・プロセスのほとんど全てを行ったソロ・プロジェクトである。
レッド・ツェッペリンに代表されるイギリスのハードロックと、ジェネシスやEL&Pなどのプログレッシブ・ロックをアメリカ人ならではのセンスでポップに消化して大成功を収め、1970年代後半から1980年代前半のアメリカン・ハードロック隆盛のきっかけを作った。また、メロディアスでキャッチーな作風から、アメリカン・プログレ・ハードと呼ばれることがある。

トム・ショルツは仕事の傍ら、電気工学の知識を生かして自宅アパートに多重録音可能なスタジオを構築、そこで作り上げたデモ・テープがCBSレコードに認められ、デビューの運びとなる。このデモ・テープの完成度は異様なほど高かったので、ほとんどショルツ一人で作ったという話をCBS側はにわかには信じず、後で「実は…」とバンドのメンバーが明かされるのではと期待していたと言われる。このスタート時点ですでに、ショルツ側とレーベル側の思い違いがあったと(その後のことの成り行きを知っている現在からは)言える。デモテープを聞いたCBS側の担当者は「現存するあらゆる(ロック・ミュージック)作品の中で、最も素晴らしい作品である」と評価したと言われる。
アルバムの制作はショルツの完成度の高いデモ・テープの内容を、プロのスタジオのクオリティで忠実に再現することに費やされた。ブラッド・デルプのボーカル以外はほとんどすべての楽器をショルツ自身が演奏しており、バンドのメンバーはデビューにあたってライブ活動を行なうために集められた。当初はライブ活動のことは念頭になかったショルツであるが、アルバムの発売に合わせてツアーを敢行することでプロモートとし、アルバムの売上を確実なものへとするのが当時のセオリーであったので、当然ツアーはするものと考えていたレーベルの強い勧めに従って急遽オーディションを行ったと言われている。
再録音にあたっては、デモ・テープ同様ブラッド・デルプによりボーカルが付けられた(メインボーカルだけにとどまらず、ハーモニーやあらゆるコーラスはブラッドによるもの)。またシブ・ハシアンとジム・マスデアによってドラム・パートが録音され、バリー・グドローによる印象的なリードギターも付け加えられた。それらの音源を持って、ショルツは自身のスタジオにこもりミックス作業に没頭する。しかしレーベル側からの「プロのクオリティで」という強い圧力はかかり続けた。エピック・レコードから立てられた音楽プロデューサーのジョン・ボイランはこの問題を解決するため、集められたバンド・メンバーによるレコーディングを「1曲だけ」プロのスタジオで行い、レーベル側の目くらましに利用したと言われる。 全曲さまざまな音源を何重にも重ね、独特の分厚い重厚感を持たせた楽曲群だが、多重録音には不可欠と言われるリズムボックスすら一切使用せず、曲のテンポは全て「手拍子」で測っていた。ただしそのことにより、いわゆる「一発録り」的な迫力が生まれ、ほとんどショルツ一人の演奏であるにもかかわらず、あたかもビッグバンドであるかのような迫力あるサウンドとなっている。しかし、逆にショルツ一人が関わったミックス作業には、大変な労力が必要となった。
アルバム・ジャケットに刻印された「No Synthesizers Used(シンセサイザー使用せず)」「No Computers Used(コンピュータ使用せず)」という有名なクレジットは決してハッタリではなく、その綿密に手を加えられた音源と、膨大な時間と労力を費やしたミックス作業を物語るものである。
後の2006年、デビューアルバム『幻想飛行』発売30周年記念として、ショルツ自身によるデジタル・リマスターが『幻想飛行』『ドント・ルック・バック 』の2枚のアルバムに施され話題となり、今の「CD時代」に合わせ音質は向上したが、そもそもの「この30年前の録音?ミックスのクオリティの高さ」がかえって浮き彫りとなり、多くの評論家達やファンを驚かせた。
1976年、こうしてできあがったファースト・アルバム『幻想飛行』は、シングル・カットされた「宇宙の彼方へ(More Than A Feeling)」と共にヒット・チャートを駆け上がる。アルバムは全米3位を獲得し、同年だけで100万枚を売り上げ、2003年までに通算1700万枚のセールスを記録、アメリカン・ロックの新しい時代を開く歴史的作品となった。
1978年、ツアーの合間を縫って慌ただしく制作されたセカンド・アルバム『ドント・ルック・バック』も全米1位の大ヒットを記録する。本作は各バンドメンバーのクレジットがあり体裁上はバンドの形を取っているが、実際には全てショルツの指示通りプレイされているなど完全にシュルツのコントロールが行き届いていた。この意味で、当時のA.O.R.界を席巻していたスティーリー・ダンに近いと理解するのが正しいのかも知れない。
次作の発表が待ち望まれたが、完璧主義者のショルツのレコーディング作業はなかなか進まず、ついにはCBSレコードに契約不履行で訴えられ長期間の法廷闘争に突入、ボストンの活動は一時停止する。数度にわたる洪水で地下のスタジオが水浸しになったとか、発明に没頭していたとか噂は絶えなかった。
この間、ショルツはロックマン・ブランドのギター・アンプやエフェクターを開発・販売する。「これ一台でボストンと同じ分厚いギターの音が出せる」というのが特徴。中でもヘッドホンアンプはその手軽さからヒット商品となった。これらの商品開発でいくつかの音響工学関連の特許を取っている(現在はロックマンのブランドを他者に売却している)。さらには、「留守中の植物への水やり機」「絶対にチューニングの狂わないギター」など特許は数多くとっているらしい。
法廷闘争が決着しMCAレコードへ移籍した1986年、アルバム『サード・ステージ』を発表。シングル・カットされた「アマンダ」が全米1位を獲得し、アルバムも2作連続で1位を記録。その後も悠々自適のペースでアルバムを制作、1994年に『ウォーク・オン』、1997年のベスト盤をはさんで、2002年に最新作『コーポレイト・アメリカ』を発表している。約30年のキャリアでオリジナル・アルバムが5枚しかないという寡作ぶりである。ファンは、8年待てば新しいアルバムを聞くことができると言われている。計算上は次のアルバムは2010年ということになり、2007年の全米ツアーはそのウォームアップといわれている。)
全てのアルバムに「No Computers」とクレジットが入っていることは有名。「No Synthesizers」のクレジットはアルバム『ウォーク・オン』にて外された(「Living For You」でシンセサイザーによるストリングス=ストリングアンサンブルが使用されているため)。

2007年3月9日に元リードボーカルのブラッド・デルプが亡くなった。この時間デルプはニューハンプシャー州アトキンスの自宅に一人でおり、争った形跡などはなかったという。地元メディアのウェブサイトなどによると、デルプはボストンの夏のツアー・コンサートと自身の結婚に備えていた時期だったという。死の数時間後にはボストンのウェブサイトに"We've just lost the nicest guy in rock and roll."というシンプルな追悼メッセージが表示された。
14日、ニューハンプシャー州警察の発表およびロイター通信によるとが発表したところによると、遺体が発見された浴室には車の排気筒からホースが引き込まれており、検死の結果、デルプは一酸化炭素中毒による自殺であることが判明したgooニュースB・デルプ死亡続報記事。
また、この件によって2007年夏のボストン全米ツアーは中止になったことがバンドからアナウンスされた。→代替メンバーによりツアーが再開されることがアナウンスされた。

サード・ステージ(Third Stage)は1986年に発表。1978年の『ドント・ルック・バック』以来8年ぶりの第3作目。全米チャートで4週連続1位、最初にシングルカットされた「アマンダ」は2週連続1位の大ヒットを記録した。
前作の発表とツアーの後、ボストンの活動は一旦停止する。新作の制作が遅々として進まず、業を煮やしたCBSレコードとの法廷闘争に突入したのが主な理由である。リーダーのトム・ショルツはこの間もスローペースながら楽曲制作を続け、法廷闘争が決着しMCAレコードへ移籍した1986年、ようやく第3作目となる本作が発表された。こうした経緯ゆえ各曲の作曲時期はバラバラである(例えば「アマンダ」は1980年の作)。
前作同様のポップでメロディアスかつ広がりのあるハードロック路線であるが、「アマンダ」をはじめとしてミドルテンポの落ち着いた曲が目立つ。中でも、ショルツが学生時代を過ごした1960年代後半の「愛と自由と平和を信じた青春時代」を懐古する「ホリーアン」は非常に感傷的である。
レコーディングメンバーは、ショルツ(全楽器)、ブラッド・デルプ(ボーカル)以外は前作と変わり、ジム・マスデア(ドラム)、ギャリー・ピール(ギター)が参加した。ギターの録音ではショルツ自身が開発したエフェクター「ロックマン」が活躍している。また前作同様、「ノー・シンセサイザー、ノー・コンピューター」のクレジットがある。(Wikipediaより引用)


前作から8年振りのアルバムです。 1曲目の「Amanda」からいきなりバラードで、全体的にスロー・ミドル・ナンバーが目立ち、2nd"ドント・ルック・バック "のハードロック路線に比べると随分おとなしくなった印象です。それでもアルバム・ジャケットのイメージ通りのスペーシーでスケールの大きいアメリカン・メロディアスハード路線は健在。爽快な美旋律とドラマティックなプログレ・ロックがたまりません。なかでも「Amanda」「A New World」「To Be A Man」は鳥肌ものの名曲で、この2曲を聴けたのだから、8年待ったかいがあったというものです。
洋楽/男性VO/ロック

Boston
ボストン(アメリカ)
Walk On
4作目

『ウォーク・オン』(Walk On)は1994年に発売された。
この当時、ブラッド・デルプは自身のバンド、Return to Zeroで活動しており、その際2枚目のアルバムである『Lost』の製作で資金難になり、ボストンには参加することが出来ず、代わりにフラン・コスモがリード・ボーカルを担当している。
この作品では、収録曲の4番目から7番目を繋ぐ形でインストゥルメンタルの曲が収録されているのが特徴である。後に繋いだ形でシングルカットされた。また1番目の曲もシングルカットされた。3番目の曲は初めてシンセサイザーが使われた曲である。このため、今までアルバムにクレジットされていた『No Systhesiezer』の項目は外された。後に『グレイテスト・ヒッツ』や『コーポレイト・アメリカ』に収録された。トータルでミリオンセラーとなり、プラチナ・ディスクに認定。(Wikipediaより引用)


ボストンはトム・ショルツの完壁主義(過ぎ)の性格のせいで以上にアルバム制作期間が長く、過去には所属レコード会社と法廷闘争にまでなったほど。8年に1枚という超スロー・リリースペースです。
今アルバムは前作から8年振りのアルバム。 ここまでくるともう、待たされたというよりは”まだ活動してたのか”という久しぶり感ですね。1曲目の「I Need Your Love」からボストン節全開で、この流行に左右されない良い意味での”マンネリさ”は嬉しくもあり、懐かしさすらこみあげてきます。(この人普段何してるんでしょうか・・・。)
今作からボーカルはブラッド・デルプではなく、フラン・コスモ他、複数のボーカリストが担当しています。新任のボーカリストは少々ハスキーですが、キーは同じくらいでほとんど違和感なくバンドに溶け込んでいます。一聴した限りでは区別がつきにくいかもしれません。
バンド・サウンドはカンサスやトライアンフのようなプログレっぽいハード・ロック。音圧は分厚いのですが、音の分離が素晴らしく、美しく透明感のあるコーラス、分かり易いポップなメロディが特徴的。ちょっとAORっぽかった前作に比べると今作はハード・ロック寄りで、重量感も増しています。
アルバムの内容も、1stは聴いていないのですが、2nd、3rdと同じような出来だと思います。ただ、このバンドは視聴者によって、1st、2ndが良すぎて後はダメとか、3rdが一番とか、かなり意見がバラバラなような気がします。
音質のよさは相変わらずです。
個人的には「Surrender To Me」「Livin' For You」「What's Your Name」「Magdalene」が好きです。

これらの音源は、「八百屋さんの居酒屋やすい」で視聴できます。
http://www.kuromon-yasui.jp/izakaya.htm
オーディオシステムに関しましてはコチラ             
http://www.kuromon-yasui.jp/ordeo.htm