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洋楽/女性VO/ブラック/ソウル/R&B/ゴスペル/ジャズ

Aretha Franklin
アレサ・フランクリン(アメリカ)
GreatestHits (1980 -1994)
ベスト盤
アレサ・フランクリン(1942年3月25日 - )は、ソウル歌手の中でも、サム・クックと共にひときわゴスペル・フィーリングの強い歌唱を持ち味としており、“クイーン・オブ・ソウル”あるいは“レディ・ソウル”の異名を持つ。
1960年代後半の作品群が特に有名で、オーティス・レディングと共にサザン・ソウルの隆盛に寄与した。1987年に女性としては初めてロックの殿堂入りを果たした。
彼女の父親は教会の牧師であり、彼女は幼い頃から父の教会でゴスペルを歌っていた。
1961年にはコロムビア・レコードからデビューするが、同社は彼女をポピュラー・シンガーとして売り出し、ゴスペル・フィーリングを前面に出さなかった。この為か当時のアレサのレコードは世間に大きなインパクトを与えるに至らなかった。
1967年にアトランティック・レコードに移籍。同社のプロデューサーであるジェリー・ウェクスラーは彼女のゴスペル・フィーリングを前面に押し出す方針を採り、レコーディングを同社の本拠地であるニューヨークではなく、アラバマ州マッスル・ショールズのフェイム・スタジオで行った。
同社はそれまで南部色の強い歌手の作品をメンフィスのスタックス・スタジオでレコーディングしていたが、この頃スタックスとの間に対立が起きた為、その代替地としてフェイムが選ばれたものである。
この方針は成功を収め、アレサはアトランティックからの第1弾アルバムI Never Loved A Man (The Way I Love You)によって一躍スターの座に躍り出た。その後もLady Soul、Live at The Fillmore Westなどのヒット・アルバムを送り出し、サザン・ソウル歌手としてはオーティス・レディングと人気を二分する存在となった。
1967年にレディングが飛行機の墜落により死去したことがきっかけで飛行機恐怖症になり、海外公演を行わなくなった。
代表曲は"Respect""Chain Of Fools""(You Make Me Feel Like A) Natural Woman"(キャロル・キング)、"I Say A Little Prayer"(バート・バカラック)、"Bridge Over Troubled Water"(邦題:明日にかける橋, サイモン&ガーファンクル)など。"Bridge Over Troubled Water"はゴスペルにアレンジされており、特に当時アパルトヘイトで苦しんだ南アフリカでヒットし、教会で賛美歌として歌われるようになる。
白人歌手の持ち歌のカヴァーも多いが、彼女が歌うと立派に“ソウルの名曲”となる。“単に男女の恋愛を描いた曲でも、アレサが歌うとまるで人類愛を歌っているように聞こえる”といった評価を受けている。
1970年代後半からヒットに恵まれない時期が続いたが、1980年代半ばに"Freeway of Love""I Knew You Were Waiting For Me"(ジョージ・マイケルとのデュエット)などがヒット。かなりポップな曲調で賛否両論があるが、人気を復活させたプロデューサー、ナラダ・マイケル・ウォルデンの手腕は高く評価された。
2003年のアルバムSo Damn Happyをもって引退を表明したが、それを撤回してライブなど精力的に活動している。
グラミー賞受賞回数は20回で、女性としては21回受賞のアリソン・クラウスに次ぐ記録である。
2009年1月20日アメリカ合衆国第44代大統領バラク・オバマの就任式式典にて"My Country, 'Tis of Thee" ("America")を祝唱した。(Wikipediaより引用)

クィーン・オブ・ソウル。ソウル界の大御所、アレサ・フランクリンのベスト盤です。ゴスペルと聴くと、とっきにくいイメージがありますが、このベスト盤は80年代以降の洗礼された、ポップな曲が選曲されているので、普通の洋楽ファンでも楽しめる内容になっています。もっとソウルなR&Bが楽しみたい方は60〜80年代、アトランティック時代あたりの楽曲がいいいと思います。

これらの音源は、「八百屋さんの居酒屋やすい」で視聴できます。
http://www.kuromon-yasui.jp/izakaya.htm
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