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洋楽/男性VO/ブラック/ソウル/R&B/ブラック・コンテンポラリー

Alexander O Neal
アレクサンダー・オニール(アメリカ)
GreatestHits
ベスト盤
アレクサンダー・オニールは幼少の頃からプロ・バスケットの選手を目指して、大学に入っても練習に明け暮れます。しかしそのため勉強がおろそかになり、大学を中退。怪我も重なりプロ・バスケットの夢を断念。その後、歌うことが好きだったオニールはバンド活動をはじめ、ニューオーリンズでウインド・チャイムというバンドのリード・シンガーになります。(ウインド・チャイムは日本のライズ・ハウス”ムゲン”にも登場したそうです。)
ロスでも音楽活動をした彼でしたが、これといった成果もなく、1980年、ミネアポリスに戻ったオニールは、フライトタイムというバンドに参加。フライトタイムのライブを見にやってきたプリンスとモリス・デイに気に入られ、プリンスの新しいプロジェクト”タイム”のリード・シンガーに誘われます。しかし、プリンスとモリス・デイの独裁体制にオニールは不満を抱くようになり、我の強いプリンスとオニールは遂に対立。両者の間には溝ができてしまいます。結局オニールは”タイム”を脱退。モリス・デイをリード・シンガーにデビューした”タイム”は大ヒットを記録。この時”タイム”の仲間であるジミー・ジャム&テリー・ルイスは”オニールに悪い事をしたので、いつかオニールの力になってあげたい”という思ったそうです。
その後、ジミー・ジャム&テリー・ルイスはプロデュース業を始め、外部のバンドのプロデュースを手がけるようになりますが、これが気に入らなかったプリンスに”タイム”を解雇されます。しかしジミー・ジャム&テリー・ルイスが手がけたバンドは次々とヒットを記録。実績を積んで人気プロデューサーとなったジミー・ジャム&テリー・ルイスはタブ・レコードの社長にオニールのアルバムのプロデュースを頼み、彼等の実績を信じた社長から二つ返事でOKをもらいます。
1985年、デビュー・アルバム「アレクサンダー・オニール」がリリース。シングル「Innocent」はブラック・チャートで11位を記録。続く2nd「フェイク」はジミー・ジャム&テリー・ルイスのジャネット・ジャクソンの「コントロール」をヒットさせた後のプロデュース作ということでも注目を浴び、オニールの自信作ともなりました。

1985年プリンスはシーナ・イーストンにプレゼントした曲に”Alexander never mind”というメッセージを添えています。”オニール、昔のことは気にしないでくれ”というメッセージとも受け取れますが、プリンスの真意はさだかではありません。

「Criticize」が聴きたくて安易に手をだしたベスト盤です。彼のベスト盤は数多く出ています。特にこのベスト盤がお勧めというわけではありません。個人的には「All True Man」「If You Were Here Tonight」「Crying Overtime」がお気に入りです。アップ・テンポのファンク・チューンからバラードまで完璧に歌いこなすアレクサンダー・オニールはブラコン界屈指のソウルシンガーといったも過言ではないでしょう。

これらの音源は、「八百屋さんの居酒屋やすい」で視聴できます。
http://www.kuromon-yasui.jp/izakaya.htm
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